ブルー・ベリー・シガレット
彼女の酔いはほとんど醒めておりふにゃんとふやけた口調の期間は残念ながら幕を下ろしてしまったが、これが彼女の理性が働いたうえでの行動だとすれば嬉しい限りだ。
ふは、とシーナちゃんが鼻で嘲笑った。
「そうやって女の子を喜ばせることばっかり言ってるんですか?」
ううん、ちがうよ。あのね、信じられないかもしれないけど、こんなこと言うのは初めてだから。
だけど、それだけの否定が即座にうまくできなくて、自分のスマートフォンに彼女の連絡先が入ってきたという事実に高揚させられた俺は「こんなので、喜んでくれるの」と弱々しい嫌味を返してしまった。ほんと、俺ってなんなの?
俺の浮かれっぷりを察してくれることもなく、シーナちゃんは登録された連絡先を眺めながら言った。
「藤って本名なんですねえ」
「そう。源氏物語にでてくる藤壺の宮からとったらしいよ」
「へえ、素敵だしよく似合ってます」
「ありがとう、じゃあ俺はそろそろ帰るよ」
丁度いいタイミングを見計らって去ろうとしたのだが、会話をぶった斬る空気の読めない男みたいになってしまった。かもしれない。
だって、本音ではずっとお喋りしていたいし、一緒にいたいし帰りたくない。でも、ほら、スマートな引き際って大事でしょ。
「シーナちゃん、きちんと戸締りして寝るんだよ」
「はいはい、ありがとうございました」
「ん、おやすみ。連絡するね、ぜったい」
スマートさを挽回しようとするあまり、変な倒置法を使ってしまった。羞恥心で耳が赤く染まり切る前に逃げようと挨拶をして、移動してしまったエレベーターのボタンを押す。
すると防御力の低い背中の中心に柔らかく澄んだ声が突き刺さってきた。
「連絡、待っていますからね」
はああああん? ねえ? なんで? どうしてきみは毎秒ごとにかわいいの?
満身創痍のよろよろで乗り込んだエレベーター内、俺は宝物のスマートフォンを抱き締めながら脱力して蹲った。

