エリート外交官は溢れる愛をもう隠さない~プラトニックな関係はここまでです~
「朔夜さん、お疲れなら早めにお風呂に入って寝た方が」
「ん……陽咲は? 今日も、眠れなさそうなのか?」


 すぐそばからじっと見つめられ、私はたじろぐ。

 いつもと少し違う、朔夜さんの見慣れない髪型と恰好が、余計にドキドキさせた。


「え……っと、」


 頬が、熱い。眠れないのも図星なので、視線を泳がせた。

 そのとき。彼からふわりと香った匂いに、私はつい顔を向けてしまった。

 急にまじまじと見てきた私を不思議に思ったのか、朔夜さんが目をまたたかせる。


「どうした? 陽咲」
「……朔夜さんから、女の人の香りがします」


 何も考えずに答えてから、しまったと思った。自分でも思った以上に、その声には棘があったから。

 朔夜さんは一瞬きょとんとした後、「ああ、」とどこか気まずそうに視線を逸らす。


「まあ……たぶん、連れていかれた店のスタッフが、女性だったから」


 ……なるほど。香水の匂いが移るほど、女性のスタッフとの距離が近いお店ね。

 考えながら、勝手にムカムカとしている自分に気がついて、思わず顔をしかめた。

 ──私にはこんなふうに、腹を立てる権利なんてないのに。


「陽咲?」


 朔夜さんが、遠慮がちに名前を呼んでくる。

 彼がこうやって、私の機嫌をうかがう必要だってない。

 それでも私はささくれ立った気持ちを抑えきれず、拗ねたような眼差しを彼に向けてしまう。


「……今日も、一緒に寝て欲しいです」


 言いながら、くい、と彼のジャケットの裾を引く。


「だから……早くお風呂、入ってきて」


 纏っているその香りが嫌だから、とは、言えなかった。

 朔夜さんは私を見下ろしながら束の間硬直し、唸るように「わかった」とひと言つぶやくとリビングを出ていく。なんだか動きがぎこちなかったから、いよいよ眠気に耐えられなくなってきたのかもしれない。

 ……どうして私、あんなことを言ってしまったの……。

 その理由に思い至ったら取り返しのつかないことになりそうで、深く考えたくない。ただ、今、穴があったら入りたい。

 彼がいなくなったリビングで、しばし頭を抱えながら自己嫌悪に陥る。

 それからなんとか体を奮い立たせマグカップを片付けると、私は朔夜さんを待つために自室へと向かったのだった。
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