初恋シンドローム
わたしにとっては、ずっと待ち望んでいた夢のような言葉。
なのに、やっぱりすぐには受け止めきれない。
「えっ、と……」
指の隙間から花びらがこぼれ落ちていく。
離したくなくても、余すことなく握り締めておくには、わたしの手はあまりにも小さくて。
「…………」
落ちた沈黙を、ややあって彼が破る。
「……どうして?」
ぽつりと呟くように尋ねられる。
即答できないわたしを見つめる双眸は、悲しげに揺らいでいた。
「なにを迷ってるの? 俺のこと好きじゃないの? あの頃は頷いてくれたのに……」
募っていた不満が口をついて、あと戻りできなくなったようだった。
言っているうちに力が入ったのか、だんだん声色から余裕が損なわれていったのが分かる。
お陰で責められているような気になった。
「わ、わたしは……」
何か言わなきゃ、と焦った。
でも、何も言えるわけがなかった。
自分自身の気持ちにすら、理解が及ばないで戸惑っているのだから。
どうして頷けないのか、わたしにも分からないのだ。
「……それ、貸して」
ついうつむいてしまった間に、彼がわずかに普段の調子を取り戻した。
差し出されたてのひらにおずおずとリボンを載せる。
髪から再び大和くんの感触が伝わってきた。
なぜか身を硬くしてしまう。
「昔にもこうやって、俺が風ちゃんの髪を結んだことあるんだよ」
ぱち、とバレッタの金具がはまる音がした。
彼が窺うようにこちらを見やり、首を傾げる。
「覚えてる?」
「……ごめん、思い出せない」
心苦しいけれど、記憶を手繰るまでもなかった。
その話を聞いても、他人事のように感じられてしまうくらいだったから。
「そう……。越智とのことはそんなにはっきり覚えてるのに」
ぎゅう、と締めつけられているみたいに胸が痛んだ。
それと同時に、怒っているのではないか、と怖くなって慌てて身体ごと向き直る。
「ごめん……。本当にごめんね」
ふたりに優先順位があるわけでも、大和くんをおろそかにしたいわけでも、決してなかった。
一度、深く呼吸をする。
「あの頃、わたしは確かに大和くんのことが大好きだったよ」
「……本当?」
「でも、いまは正直よく分からないの。会わない期間が長くて、いまの大和くんのことはあまり知らないし……」
それが現状、まとまりのない感情をかき集めた結果、出せる精一杯の答えだった。
彼はショックを受けたように「そっか」と小さく頷いたものの、その直後、ひらめいたみたいに顔を上げる。
「じゃあ、デートしよう」
「えっ? で、デート?」
「そう。昨日みたいに放課後に寄り道するのも悪くないけど、今度はもっと長く、ゆっくりふたりで過ごしたい」
彼の顔に色が戻った。瞳に光が宿った。
たたえた穏やかな微笑みを、そっとわたしに向ける。
「それで改めて知ってよ、俺のこと」