初恋シンドローム



 ────ささやかな変化はあっても、今年の春もまた例年と同じように、よくも悪くもつつがなく流れていくものだと思っていた。

 2年生に進級して一週間と少しが経ち、高校生活そのものにはすっかり慣れた時期。

 本鈴が鳴ると、新学期特有のそわそわと浮ついた教室内に、ひときわにこやかな担任が入ってきた。

「はい、みんな席着けー。転入生を紹介する」

 一度止んだざわめきが一瞬にして舞い戻る。
 誰かの「この時期に?」という声が聞こえた。

 親の仕事の都合で、という理由だとすると、確かにちょっと遅いような気もする。
 4月なら春休み明けに合わせるイメージだった。

(どんな人だろう?)

 仲良くなれるといいな、なんて期待が膨らんで無意識のうちに姿勢を正していた。

「じゃあ入って、三枝(さえぐさ)くん」

 先生の言葉で、男の子なんだ、と思い至る。
 それと同時に扉が開いた。

(わ……)

 彼が教室に足を踏み入れた途端、時間が止まったかのような錯覚(さっかく)を覚えた。

 すらりと背が高くて、整った綺麗な顔立ちをしている。
 たたえた柔和(にゅうわ)な微笑みは甘やかで、女の子たちだけでなく男の子たちまで、しばらく釘づけになっていたように思う。

「三枝大和(やまと)くんだ。みんな仲良くするように」

 美形な転入生に圧倒され、そんな先生の言葉はたぶんほとんどが聞いていなかったんじゃないだろうか。

 しん、と()いでいた空気がややあって揺らぎ、黄色い声混じりのざわめきが広がる。

「こら、静かに。三枝、何かひとこと頼む」

 先生に振られた彼は、おもむろに教室内を見回した。
 クラスメートたちを確かめるように。

 その視線がなぜか突然、わたしで止まる。

「……?」

 思い違いかとも思ったけれど、その瞳の焦点(しょうてん)は間違いなくわたしに定まっていた。
 何となく身じろぎできないまま、彼を見つめ返す。

「…………」

 彼の顔から微笑みが消え、驚きの表情が浮かんだ。
 息を吸ったものの声にはならず、そのまま口を引き結んだかと思うと、噛み締めるように笑う。

 その意味を測りかねているうちに、彼は足を踏み出した。
 迷うことなく一直線にわたしの元へ歩み寄ってくる。

(え? えっ?)

 状況が飲み込めずにおろおろと困惑していると、真横まで来た彼に笑いかけられた。

「やっと見つけた」

 驚いたり戸惑ったりする間もなく、そっととられた左手が包み込まれる。
 とろけるほど幸せそうな笑顔で、彼は言った。

「ずっと会いたかったよ、風ちゃん」
< 5 / 82 >

この作品をシェア

pagetop