初恋シンドローム

 驚いて見上げると、彼は最初と同じ甘い微笑みを浮かべて彼女たちに向き直っていた。

 だけど、優しさは感じられない。
 何となく冷ややかで突き放すような表情だ。
 案の定、女の子たちの顔が引きつった。

「……大丈夫? 風ちゃん」

 くるりとこちらを向いた彼に手を差し伸べられる。

「あ……うん」

 戸惑いながらその手を掴んで立ち上がった。

「ありがとう」

 初めて間近でまともに彼を見た、ような気がする。
 先ほどとはまた一転して、穏やかな笑みがたたえられる。

 彼を囲んでいた女の子たちは、一様に不満そうではあったけれど、切り上げて退散していった。
 羨望(せんぼう)と嫉妬の眼差しが突き刺さって萎縮(いしゅく)する。

 あらぬ誤解を招いたり、敵と見なされたりしたらどうしよう、という不安は拭えなかったものの、ひとまず三枝くんと話す機会を得られてよかった。

 わたしはつい眉をひそめてしまいつつ、彼を見据える。

「ね、ねぇ、三枝くん。わたしたちって知り合い……だった?」

「え?」

 目を見張ったあと、今度は彼が眉を寄せた。

「……俺のこと覚えてない? 吉岡(よしおか)大和だよ」

 どきりとした。
 そのまま心臓が止まったかと思った。

 記憶の底にしまっていた思い出が、きらめいてあたたかい光を放つ。

「えっ!? ()()大和くんなの!? 本当に……?」

「そう、きみの許嫁(いいなずけ)。思い出してくれた? 約束通り迎えにきたよ」

 瞬きすら忘れたわたしは固まってしまった。
 10年近い日々、ずっと夢みてきた瞬間が本当に訪れたのだ。

 何度も()がれては切なくなって、でもそれ以上に幸せで愛しい記憶────。
 それが、ただの遠い思い出ではなくなった。

 大和くんは「はは」とおかしそうに笑い、それから眉を下げた。

「……なんて、言えたらよかったんだけど」

「えっ?」

「ごめん、再会は偶然なんだ。両親が離婚して、俺は母親に引き取られて、たまたまこの学校通うことになってさ」

 目を伏せた彼の長い睫毛が揺れる。
 消え入りそうなほど儚げで、きゅ、と胸が痛んだ。

 苗字が変わっていた時点で、その事情を察するべきだった。
 そうしたら、そんな顔をさせないで済んだかもしれないのに。

「……でもね、だからこそ運命だって思った」

 ふと視線を上げた大和くんの顔からは、暗い(かげ)りが消えていた。
 晴れやかに(ほころ)んでいる。

 優しげながら確かな熱を帯びる眼差しに捉えられた。

「風ちゃん。あの約束は忘れてないよね」
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