冷酷社長が政略妻に注ぐ執愛は世界で一番重くて甘い
愛想笑いなら毎日嫌というほどしているが、最後に心から笑ったのはいつだろう。
この生活になってから、真っ暗なトンネルを手探りで歩いているような気分だ。かすかな光さえも、今は見えない。
家族も、愛する人も、夢も希望も、香蓮は失ってしまったから。
「香蓮さま、顔がお疲れになっていますよ。今日も無理をなさったんじゃないですか」
「仕方ないの。みんないなくなってしまったし、私がなんとかしないと本当に会社は動かなくなってしまうから……」
リビングにやってきた香蓮は、ダイニングテーブルの椅子に腰かけ、月島が作ってくれた魚介のトマトスープに舌鼓を打った。
香蓮が勤務している会社は祖父が創業した『ASUMA』はお掃除サービスや外食産業を手掛ける中小企業。
創立して以降好調に業績を伸ばしていったが、十年ほど前祖父が亡くなり、香蓮の父親が経営者として就任して以降徐々に下降を辿っていった。
今は倒産寸前で長らく会社を支えてくれていた上層部の社員たちはほとんど辞めてしまい、父親の側近であった秘書までいなくなってしまったため、もともと経理部の社員として入社を強いられていた香蓮が、雑務も経理を行いながら父親の秘書まで担っている。
そんな生活をもう二年ほど過ごしており、香蓮は疲弊していた。
しかし香蓮を一切思いやるそぶりのない父親は、現実に目を背け逃避行ばかりを繰り返し、出費が減る気配はなく、むしろ自暴自棄になっているのか豪遊している始末。
父の改心を信じ今まで目をつむっていた香蓮だったが、取引先から会社ではなく自宅へ督促が届いてしまい、いよいよまずい状況だ。
気は重たいが海外旅行から戻ってくる父に、彼女は今日こそしっかりとお香を据えなければならないと思っていた。
「おーい、月島ー! 荷物が大量なんだ。玄関まできてくれー!」