【完結】転生したら乙女ゲームのラスボスだった 〜愛する妹のためにラスボスポジション返上します〜


「は? ……鶏、肉????」

 突然出てきた"鶏肉"というワードに俺は困惑を隠せない。確かに露店で鶏串は食べたけれど……。

 ああ、これはもしやあれか。俺は鶏肉を食べられないとか……そういう、食の好みの問題だろうか。

 混乱する俺に、ユリシーズは気まずそうに微笑んで……。

「ごめんね、アレク。リリアーナが蛇が駄目なことすら、今は覚えていないんだもんね。君自身のトラウマを覚えていなくても仕方がないのに」
「――えっ、いや……」

(トラウマ……? アレクが……鶏肉にトラウマ……?)

「ユリシーズ……その話、詳しく教えてくれないか?」

 ここまで聞いたらもう、最後まで聞かねばなるまい。
 俺はユリシーズに詳細を尋ねる。

 するとユリシーズはちらりとロイドの様子を伺ってから、小声で話し出す。

「君、鶏肉が食べられなかったんだよ。子供の頃、厨房の裏で鳥の血抜きをするところを偶然見ちゃったらしくて……それ以来、鶏の触感がどうしても駄目になったって。……初等部(ジュニア)のころ、食堂で僕に教えてくれた。だから鶏肉が出たときは、僕が代わりに食べていたんだ。残すのは許されなかったから」
「……そう……だったのか」
「うん。ひき肉にしても駄目でね、一度知らずに口にして戻しちゃったこともあるんだよ。そのときの君、本当に辛そうで……。でも――食べられるようになったなら良かった。露店を回ってたときは、君が僕との思い出も全部忘れてるんだってことに気付いてショックを受けたけど……今は、忘れるっていうのも悪いことばかりじゃないんだって思ってる」
「……っ」

 ユリシーズの寂しそうな、それでいて嬉しそうな――形容しがたい表情に、俺は何と言ったらいいのかわからなくなった。

 ありがとう、と言うべきなのか。忘れて悪かった、と伝えるべきか――どちらも何だか違う気がする。
 なら、何と言ったらいい……?

 言葉を探す俺に、ユリシーズは目を細める。
「いいよ、何も言わなくて」――と。

「君が僕との思い出を全部忘れてしまっていても、君は僕のことを親友だと思ってくれているんだろう? なら、それで十分だ」
「…………」
「本当に、それだけで十分なんだよ、アレク」
「……ユリシーズ」
< 140 / 148 >

この作品をシェア

pagetop