幽閉王子は花嫁を逃がさない
 塔の中にあるのは、最初に足を踏み入れた部屋と、それから寝室の二つだけのようだ。そのため、ナタリアは常にカーティスと過ごすしかない。けれど、その生活は予想以上に快適だった。
 食事は一日三回、決まった時間に届けられる。希望すれば、本も届くし、手すさびに刺す刺繍用の道具も高級品が揃えられた。
 カーティスは必要以上に口を開くことはなく、ナタリアが何をしていてもとがめることもない。
 部屋から出られない、ということ以外は、ナタリアにとって何の苦もない生活だ。
 最初はあれほど怒り狂っていたカーティスも、まるでそれがなかったかのようにナタリアの存在を受け入れていた。
 決まって週に一度、カーティスはナタリアの身体に手を伸ばす。それが妻としての唯一の仕事である。
 おとなしくそれに身を任せながらも、ナタリアは不安だった。
(あまりにも――都合がよすぎる)
 しばらくしてから気付いたことだが、この部屋の――階段に続く扉には、ノブがない。こちらからは決して開けられないようにできている。窓には格子がはめられ、内側にしか開かない。
 魔法力の多いカーティスであれば、おそらくそれを破壊して外に出ることなど容易いだろう。けれど、彼はそうすることもなく、ただこの部屋で過ごしているのだ。
 ナタリアが来る前から、ずっと――一人で。
 ――どんな扱いをされても耐えるように。
 国王の言葉を思い出す。最初こそ手ひどい扱いを受けたが、それ以降カーティスがナタリアに手をあげることはないし、無理強いすることもない。
 あまりにも、国王の言葉とカーティスの言動が乖離していて、わけがわからない。
(もっと……ひどい目にあわされる覚悟もしていたのに)
 カーティスと平穏な時間を過ごせば過ごすほど、ナタリアは不安だった。
 けれど、ふた月も経つ頃には、カーティスの態度はかなり軟化していた。会話も増え、ナタリアが刺繍している手元をじっと見ていることもある。
 興味があるのか、と彼のハンカチに刺繍してやった。すると彼は、目を輝かせてそれを抱きしめ、ありがとう、と微笑んだ。その微笑みに、胸の奥がほんわりと暖かくなる。
 そんな風だから、ナタリアも少し浮かれていたのかもしれない。もしかすると、カーティスとの結婚生活は、こうして穏やかに過ぎていくものなのかも――そんな風に思い始めていたある日のこと。
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