君しか考えられない――御曹司は熱望した政略妻に最愛を貫く
「三崎晴臣です。亜子さんと会うのは、十日ぶりくらいかな」

 彼が不快に感じている様子は見られずほっとする。

「なんだ、亜子。晴臣君と知り合いだったのか?」

 彼との関係を隠していたつもりはないけれど、父に明かす必要性を感じていなかったし話す機会もなかった。
 そんな私の態度が気に食わなかったのか、父が明らかな苛立ちを見せてくる。

「え、ええ」

 遠慮がちにそっと顔を向けると、目が合った三崎さんは穏やかな表情で小さくうなずいた。

「まあ、それならちょうどいい。早速だが、亜子には晴臣君と婚約してもらう」

「婚約、ですか?」

 唐突な話に理解が追いつかず、彼と父の間で視線を往復させる。

「晴臣君と亜子が結婚すれば、うちと三崎商事とのつながりが絶対的なものになる」

 それがよほどうれしいのか、困惑する私にかまわず父は手もみをしながら笑顔で話す。

「わかっているな、亜子」

 でもチラリと私に向けられた視線は、打って変わって鋭いものだった。
 つまり、彼との婚約は命令なのだ。酒々井家に世話になっている身で、断るなど到底許されるわけがないと私も心得ている。

「……承知しました」

 三崎さんがどういうつもりなのか、私にはわからない。
 ただ彼の立場を考えたら、断ることも可能だったはず。

「ああ、そうだ亜子。この話は、しばらく内密に進めたい。史佳(ふみか)(みやこ)にも隠しておくように」

「はい」

 史佳は私のひとつ下の異母妹で、都は彼女の母親だ。
 ふたりにこの話を明かさない理由はわからないが、逆らうつもりはもちろんない。
< 3 / 116 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop