君しか考えられない――御曹司は熱望した政略妻に最愛を貫く
「あずき、ダメ」

 おとなしく抱かれていたあずきだが、さすがにほかの動物の鳴き声に興奮したようで、隣に座る男性の膝に前足をかけてしまった。

「すみません」

「いいえ、かまいませんよ」

 とっさにあずきを制した私に、にこやかに返してくれる。そこに咎める雰囲気はなくてほっとした。

「チワワか。かわいいですね」

 あずきを連れていると、知らない人から頻繁に声をかけられる。
 この子は人懐っこい性格のため、初対面の相手でも臆せず近づいていく。今も男性に甘える素振りを見せており、その姿に彼が頬を緩めた。

「ありがとうございます。えっと、そちらは……?」

 人と会話をするのは苦手だけれど、ペットが関わると少しだけ勇気が出る。
 彼の膝に乗せられたキャリーケースに視線を向けた。

「黒猫のネロです。女の子なんですよ」

 そう言いながら、彼は目を細めてケースをひとなでする。

「あずきも女の子です。同じですね」

 メッシュになった窓から、黄色いふたつの瞳がこちらを見つめてくる。
 おとなしい子のようで、そこにあずきが鼻を近づけても変わらずおっとりとした様子で座っていた。

「三崎ネロちゃん、中にお入りください」

「それじゃあ」

 立ち上がって診察へ入っていく彼の背中を見送る。
 それから、ようやく落ち着いたあずきを今度こそケースに入れた。
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