玉響の花雫    壱
何って言われても‥‥


「晩御飯の材料とか色々です。
 あ‥‥そう言えば
 筒井さんも晩御飯まだですよね。
 すみません、引き止めてしまって。
 も、もう大丈夫なので降ります。」


助手席から降りようとすると、
腕を掴まれたあと、
ニヤリと綺麗な顔が笑った


「つ、筒井さん?」


『‥‥治療がまだだろ?』


「えっ?‥‥嘘‥ンンッ!」


3度目のキスは2度目よりも長く、
筒井さんが後から言うには、
泣いた時間が無駄に長いからだそうだ。



『フッ‥‥また茹蛸だな。
 お礼に何か食べさせて貰おうか。』


「えっ?‥な、何言ってるんですか?
 駄目ですよ、うち狭いですし!!」


顔が真っ赤な私の鼻をまた摘むと、
筒井さんが笑っていたので、私も
安心したのかつられて笑ってしまった。


『今日はゆっくり休め。』

「はい‥ありがとうございました。」



筒井さんを見送った後、染み抜きで
ブラウスのインクを落としたら
なんとか取れて安心してほっとした。


あとは漂白剤でもう少し落ちると
いいんだけど‥‥


筒井さんは泣く度に治療って
言ってキスをしてくるけど、
どういう気持ちでしているのだろう‥。


亮さんが手がつけられないほど
女遊びしてたって言ってたから、
こんなキスだってなんでもないこと
なんだろうけど‥‥


私は触れられるとやっぱり
今も大好きだから苦しくなる‥‥。
もう泣かないようにしないとな‥


人が気づかないところを気付くし、
よく見てるというか凄いというか‥


親鳥が雛鳥を守って巣立つのを
見守ってくれてるんだと思うけど、
これ以上迷惑をかけたくない‥‥。


湯船の中で膝を抱えると、
唇に残った筒井さんの感触に
瞳を閉じた。


私の小さな傷はいいとして、
筒井さんの傷痕はどれくらいの大きさ
なんだろう‥‥。
本当に私に何か出来るのだろうか‥‥。




「おはようございます。」


山崎さんが産休に入り、
私も本格的に毎日受付に入るように
なり早いもので7月を迎えていた。


あれから他の課に行くことは
なかったけど、時々仕事が
終わらなくてエントランスで八木さん
とすれ違うことはあった


今だになぜあんな嘘をついたかは
分からないけれど、相変わらず
私に向けられてくる視線は
いいものではないと思っている。


『お疲れ様。先に上がるわね?』


「はい、お疲れ様です。」


パソコン業務を
もう少しやっておきたくて
少しだけ残ることにした私は、
その間も社内からかかってくる電話を
受けたりしながら仕事をしていた。


明日のスケジュール管理も
纏めれたしそろそろ帰ろうかな‥‥‥


『ねぇ、ちょっといいかしら?』

ドクン
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