俺様レーサーは冷然たる彼女に愛を乞う
「どうぞ」
「……失礼します」
事務局の人に案内され、『理学部 生物学科 笹森研究室』と書かれた部屋のドアをくぐる。
部屋の中には、白衣を身に纏った50代くらいの男性がいて、瑛弦を見るや否や笑顔で歩み寄って来た。
「初めまして、笹森 紀壱です。今日は遠くからお越し頂き、ありがとうございます」
「あ、初めまして!司波 瑛弦と申します。今日はお忙しい中、お時間をつくって下さり、ありがとうございます」
「立ち話もなんですから…」
研究室の一角にある応接セット。
ダークブラウンのソファに座るように促される。
「これ、お口に合うかわかりませんが…」
日本に来る時は必ず手土産にしているフィナンシェ。
ロンドンにある有名洋菓子店の人気商品だ。
「気を遣わせて申し訳ない」
羽禾の父親は、はきはきとした口調と芯のある目力が印象的。
生物学の第一線で活躍している学者なだけあり、圧倒されるような風格がある。
それでなくても、羽禾の父親というだけで緊張してしまう。
「あの……、羽禾さんの術後は如何ですか?」
初めて会って数分で聞いていい質問ではないかもしれない。
けれど、それを聞きたくて2カ月以上も我慢し、遥々イギリスからやって来たのだ。
「体調がよさそうなら、一目会いたいのですが……」
記憶を失っていても構わない。
無事でいてくれればそれでいい。
一目見たら、今シーズンも頑張れる、そう思ってやってきた。
けれど――。
「手術はまだしていないんです」
「へ?」