俺様レーサーは冷然たる彼女に愛を乞う

 思いもしない言葉に、開いた口が塞がらない。

「それはどういう意味ですか?」

 1日も早く手術をしなければならないと聞いていただけに、動揺が隠し切れない。

「手術ができないほど、悪化したということですか?」

 病気が判明してから約2カ月もの間、仕事を優先して治療を先延ばしにしたから…?

「いや、そうではなくて。……すぐに手術を受けれる状態ではなくなったというか。言葉で説明するのは難しいな」

 表情を歪める彼女の父親。
 それが何を物語っているのか、瑛弦には察することができない。

 手術をしていないのであれば、まだ記憶を失っていないのではないか?
だとしたら、今なら会って、会話ができるのでは……?

「羽禾さんに会わせて下さい。お願いします」

 瑛弦は立ち上がって、深々と頭を下げた。

「申し訳ないが、君の願いは叶えてあげれそうにない」
「……」
「今精神的に不安定でね。ギリギリのところで彼女は闘ってるから」
「……っ」

 今の自分では何もできないのか。
 励ますことも、そばにいることも許されないだなんて。

「羽禾のために、君にしかできないことを頑張って欲しい。……それが、彼女の願いでもあるから」

 彼女の願い。
 赤い石に込められた『ポールポジション』。

 世界の頂点に立つことをひたすらに祈ってくれていた。

 俺の夢は話したことがあったが、彼女の夢を聞いたことはない。
 
『愛している』『大好きだ』
 生まれて初めて心に芽生えた感情ですら、一度も伝えたことがない。

『後悔』
その文字通り、後になって悔やんでも遅いのに……。
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