人魚の鼓動はあなたに捧ぐ



 思わず口を手で覆い、咳き込みそうになるが──不思議と、煙たくは感じない。

 けれどその煙は、あの甘い香りを伴ってわたしの鼻腔をくすぐった。

 昨日──という認識が合っているかはわからないが、とにかく、わたしが意識を失う直前に、確かにこの香りが漂っていたはずだ。


「その、タバコって……」

「特製品。毒はないよ、多分」


 青年はポケットから、小さな袋に入った数枚の葉を取り出した。


「やるよ。定期的に嗅ぐといい」

「え……嗅ぐ?」


 どこにでもありそうな、広葉樹の葉だ。

 ただ、葉からはタバコの煙と同じ甘い香りがする。

 それをどうして、定期的に嗅いだりすることを勧められているのだろう。

 一般的な行為とは言いがたい。


「そうだよ。まぁ、お前が正気を手放したくないならの話だけど」


 ……正気を手放したくないなら、とは、どういう意味だろう。

 そんなの、手放したくないに決まっている。

 決まっているのに──何故だか、心のどこかでなにかが引っかかる。

 ふいに。

 わたしのもやもやとした気持ちを吹き飛ばすように、昨日と同じような、突き上げるような地鳴りが響いた。


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