シャンパンをかけられたら、御曹司の溺愛がはじまりました
 カフェを出た⼆⼈は美術館へ向かうことにする。
 颯⽃が⾔っていた眺めのよい美術館だ。
 海沿いの道をオープンカーで走るのは爽快で、なにげないおしゃべりと美しい景色に退屈する暇もない。
 前にも思ったが、颯斗は話し上手なだけでなく聞き上手で、一花はいつの間にか実家の愛犬のことまでしゃべってしまう。おかげで颯斗も犬好きだという情報が手に入った。
 美術館は、海の眺望を意識して建てられたガラス壁が印象的な建物だった。

「わぁ、素敵!」
 
 空の青と海の青、それを映したガラスの建物はそれだけで芸術品のようだ。
 今日は現代美術の展⽰をしていて、二人はそれをゆっくりと見ていく。

「現代美術って訳がわからないけど、なぜか好き嫌いが明確にあっておもしろいですよね」

 いろんな色を塗りたくったような抽象画を眺めて一花がつぶやくと、颯斗が破顔した。
 
「訳がわからなくてよかった。熱心に見てるから俺にはわからない深い解釈をしてるのかと思ったよ」
「ぜんぜんわかりませんよ。ちゃんとしたタイトルがあれば少しはそんなものかなと思えるけど、『無題』とか『作品P』とかだとなんの手がかりもないですし」

 一花はくすくす笑いながら言う。
 絵画鑑賞においては颯斗も自分と変わりないレベルなのだと知って、親近感を覚えた。
 展示室を見回し、彼女は笑みを浮かべる。

「でも、なんだか好きだなぁっていう感性を大事にしたいと思うんです。装花と似てるかもしれない。正解はないんだけど、誰かの琴線に触れるような作品を作れたらいいなと思って」
「その姿勢はいいな。俺も商業施設を開発するとき、そこにどんなお客様が来て、どうやったら楽しんでもらえるか考えるんだ。それには感性や想像力を磨かないとな」

 颯斗は微笑みを返し、同意してくれる。
 彼と感性が合った気がした。それがとてもうれしい。
 とくんと心臓が跳ねた。

(あ、だめだ。好きになってしまった……)
 
 唐突に一花は理解した。
 昨日拒めなかったのは彼が好きだったから。そんな単純な話だったのだ。
 長い間、恋愛から離れすぎていて、自分の心境に鈍くなっていたのかもしれない。
 
 ――でも、この感情は求められていない……。

 そう考え、一花は暗い気持ちになった。
 颯斗は彼女だったら変な誤解をしなくて安全だろうと今回の話を持ちかけてきたのだ。
 割り切った関係だと思っているのかもしれない。

(一線は超えてしまったけれど、”恋人のふり”を真に受けてはいけない)

 これ以上考えると沈み込んでしまうと思った一花は気分を変えようと、次の絵画に目を遣った。
 白地に茶色の線がうねうねと描かれた絵を理解しようと意識を向ける。
 不可思議な絵や彫刻を眺めるうちに落ち着いてきて、とりあえず、平穏を装うことには成功した。
 
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