シャンパンをかけられたら、御曹司の溺愛がはじまりました
 展示を楽しんだあと、併設のカフェへ行く。
 そのカフェは海を⼀望できるテラスがあり、そこで⼆⼈はランチすることにした。
 快晴の空を映した海は青くきらめいていて美しい。
 そんな景色を眺めながら食事ができるなんて贅沢だと一花は喜んだ。
 メニューには美術館のカフェのわりに本格的なフレンチのコース料理があり、二人は魚を選んだ。

「海が近いと、お魚が美味しい気がしますよね」
「それはわかるな。せっかく来たならそこの名物を食べたいし」
「わかります。地魚とか地酒って書いてあるとそれを選んじゃいますね。そういえば、昨日連れていってもらった懐石料理も美味しかったです」
「地酒は飲めなかったけどな。俺のことは気にせず飲めばよかったのに」
「そういうわけにはいきません。それに、一緒に飲むから楽しいんです」
「そうだな。次は一緒に飲もう」

 颯斗がにこりと笑って、先の約束を口にする。そのころには二人の関係がどうなっているのかわからないのに。

(私は一般的に誰かと一緒に飲むほうが楽しいって言っただけで、颯斗さんと飲みたいという意味じゃなかったのにな)

 そう思うものの、甘い瞳に見つめられて、一花はときめく心を抑えてうなずいた。

「はい。楽しみにしてますね」

 期待通りに美味しかった食事を終えて、道が混むといけないから、少し早めに帰ることにする。
 颯⽃は空を⾒上げ、スマートフォンで天気予報まで⾒て、ルーフを開けた。
 やっぱり開けて乗りたいらしい。
 ⼀花は笑って⾔った。

「さすがに今⽇は降りそうもないですね」
「⼆⽇続けて濡れるのは勘弁だからな。……そのあとのお楽しみがあるなら別だが」

 急に颯⽃が⾊気のある⽬で見てきて、スーッと一花の頬をなでた。
 なにもなかったふりをしていたのに、そんなことをされると彼女の⼼臓が⼤きく跳ねる。

(……だから、恋人のふりだってば!)
 
 どこかで見ているかもしれない相手に対するアピールに違いない。
 一花がそう考えて心臓をなだめている間に、颯斗はすぐ前を向き、⾞をスタートさせたので、彼女はなにも⾔えなかった。
 そういえば、今日は一度も会社のスマートフォンをチェックしていないことに気づき、確認してみる。
 音を切っていたスマホの画面は非通知の着信履歴でいっぱいになっていた。
 溜め息をつきそうになるのをぐっと堪える。

「無言電話か?」
「はい、嫌がらせ犯をばっちり煽ることに成功したようですよ」

 颯斗は一花を気遣ってくれたが、彼女のその前向きな答えに吹き出した。
 左手が伸びてきて、一花の頭をなでてくる。
 そして、なにかつぶやいた。
「そういうところ好きだ」と聞こえた気がしたが、その言葉は風に流され、一花は聞き返す勇気が出なかった。

 
  
 雨に降られることもなく帰宅ラッシュにも引っかからず、爽快な⾛りで、藤河邸に着く。
 車から降りる前に⼀花はお礼を⾔った。

「昨⽇から綺麗なものをいっぱい⾒て、美味しいものをたらふく⾷べて、すっごくリフレッシュしました。ありがとうございました」
「こちらこそ、楽しかったよ」

 ⼤きな⼿が、⼀花の乱れた髪を直してくれる。
 そのまま後頭部を持たれたと思ったら、彼に引き寄せられて、顔が近づく。
 キスされるのかと⾝構えたが、颯⽃は途中で止めて、⾝を離した。

「ここではやめておこう」

 彼の⾔うとおり、ここでは誰が⾒ているかわからない。
 貴和⼦や護衛に⾒られたら気まずくて仕⽅がないと思って一花はうなずいた。
 それに嫌がらせ犯には⼆⼈の親密さは充分伝わっただろう。
 ⼀花は挨拶したあと、⾃分の⾞に乗り換えて帰宅の途についた。
 そして、この⽇を境に、嫌がらせはエスカレートしたのだった――。

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