シャンパンをかけられたら、御曹司の溺愛がはじまりました
心当たり
葉⼭から帰ったあと、特に颯⽃との関係は変わっていない。
連絡を取り合うこともなく、次の週の装花のときも彼は不在だったので、顔さえ合わせていなかった。
葉⼭でのことが気まずくなって避けられているのかとも思ったが、貴和⼦によると、このところ平⽇も夜遅く、単純に仕事が立て込んで忙しいらしい。
(それでも、連絡しようとしたらできるわよね)
やはり彼の中ではあの日のことは大して意味のないことだったに違いないと⼀花は思った。
そう考えるのがことのほか悲しくて、気分を変えるために仕事やデザインの勉強に打ち込んだ。
あまり成功していなかったが。
(これ以上、彼のそばにいたら取り返しがつかなくなりそう。会えなくて、ちょうどいいわ)
気がつくと、ぼんやり颯⽃のことを考えてしまう。
もう⼿遅れかもしれないと思いつつ、⼆⼈で出かけることがなくなれば、もともと遠い⼈だ。あきらめもつくだろうと思った。
⼀⽅、嫌がらせは加速していて、⽞関は⾒張られていると悟ったらしい犯⼈は、裏⼝や家の周囲にゴミを撒き散らしたり外出中に跡をつけたりするようになった。そして、連⽇届くのはいつも『藤河颯⽃と別れろ』と書いてある脅迫状だ。
もちろん、警備担当が対処してくれているので、⼤事には⾄っていない。
でも、相変わらず、無言電話もしょっちゅうかかってくるので、とうとう電話を切ってしまった。
本当に用がある場合はメールなり、ほかの手段で連絡してくるだろうと思って。
そんな日々が続き、さすがの⼀花も疲れてきた。
(颯斗さんと別れろもなにも、付き合ってないんだけどね)
苦い笑みを浮かべて、深い溜め息をつく。
恋⼈役なんて引き受けなければよかったと思いながら。
そんなときだった。
定期契約をしている会社の受付の装花を終え、総務部に挨拶して帰ろうとしたら、窓口担当者に呼び止められた。
「大変申し訳ありませんが、契約は今回で終了してもらえませんか? キャンセル料はお支払いしますので」
「え、なにか不備でもありましたか?」
突然のことにショックを受け、⼀花は⽬を瞬いた。
動揺して立ちくらみのように頭からスーッと血の気が引いた。
師匠のところで働いていたときからの付き合いで、一年半担当しているクライアントだった。関係は良好で、ついこの間も装花の評判がいいと⾔われたばかりだった。
担当者は⾔いづらそうにしながらも理由を教えてくれる。
「親会社からわざわざGreen Showerさん指名で取引をやめろと通達があったんです。なにかあったんですか?」
「まったく⾝に覚えがありません。そもそも親会社ってどちらなんですか?」
「綾部物産です」
「やっぱり関わったことがないですね」
聞き覚えのない会社名に、⼀花は⾸をひねる。
なにかやらかした記憶が本当にないのだ。しかも、わざわざ⼦会社にまで取引停⽌を⾔ってくるなんてよっぽどのことなのに。
「あっ、もしかして……」
ふと閃いて、⼀花は声を上げた。
担当者は興味津々に聞いてくる。彼としても異例の対応で理由が知りたいのかもしれない。
「心当たりがあったんですか?」
「いえ、私⾃⾝のことではないのですが……。確認してみます」
「そうですか。残念ですが、お世話になりました。いつも受付を素敵にしてくれてありがとうございました」
「こちらのほうこそ、ありがとうございました。またご縁がありましたら、よろしくお願いします」
丁寧に挨拶をして、⼀花はその場を去った。
こんなふうに仕事を打ち切られるなんて初めてのことで悔しくてならない。
不本意な終わり⽅に涙が出そうになる。担当者が惜しんでくれたのだけが救いだった。
そして今回の件は一花のミスとかやらかしではないように思える。そうであれば思い当たることは⼀つだけだ。
(もしそうだとしたら許せない!)
沸々と怒りがこみあげてきて、ぎゅっと握った拳が震える。
その勢いで、⼀花は電話をかけた。
今まで電話したことはなかったが、相⼿はすぐに出た。
連絡を取り合うこともなく、次の週の装花のときも彼は不在だったので、顔さえ合わせていなかった。
葉⼭でのことが気まずくなって避けられているのかとも思ったが、貴和⼦によると、このところ平⽇も夜遅く、単純に仕事が立て込んで忙しいらしい。
(それでも、連絡しようとしたらできるわよね)
やはり彼の中ではあの日のことは大して意味のないことだったに違いないと⼀花は思った。
そう考えるのがことのほか悲しくて、気分を変えるために仕事やデザインの勉強に打ち込んだ。
あまり成功していなかったが。
(これ以上、彼のそばにいたら取り返しがつかなくなりそう。会えなくて、ちょうどいいわ)
気がつくと、ぼんやり颯⽃のことを考えてしまう。
もう⼿遅れかもしれないと思いつつ、⼆⼈で出かけることがなくなれば、もともと遠い⼈だ。あきらめもつくだろうと思った。
⼀⽅、嫌がらせは加速していて、⽞関は⾒張られていると悟ったらしい犯⼈は、裏⼝や家の周囲にゴミを撒き散らしたり外出中に跡をつけたりするようになった。そして、連⽇届くのはいつも『藤河颯⽃と別れろ』と書いてある脅迫状だ。
もちろん、警備担当が対処してくれているので、⼤事には⾄っていない。
でも、相変わらず、無言電話もしょっちゅうかかってくるので、とうとう電話を切ってしまった。
本当に用がある場合はメールなり、ほかの手段で連絡してくるだろうと思って。
そんな日々が続き、さすがの⼀花も疲れてきた。
(颯斗さんと別れろもなにも、付き合ってないんだけどね)
苦い笑みを浮かべて、深い溜め息をつく。
恋⼈役なんて引き受けなければよかったと思いながら。
そんなときだった。
定期契約をしている会社の受付の装花を終え、総務部に挨拶して帰ろうとしたら、窓口担当者に呼び止められた。
「大変申し訳ありませんが、契約は今回で終了してもらえませんか? キャンセル料はお支払いしますので」
「え、なにか不備でもありましたか?」
突然のことにショックを受け、⼀花は⽬を瞬いた。
動揺して立ちくらみのように頭からスーッと血の気が引いた。
師匠のところで働いていたときからの付き合いで、一年半担当しているクライアントだった。関係は良好で、ついこの間も装花の評判がいいと⾔われたばかりだった。
担当者は⾔いづらそうにしながらも理由を教えてくれる。
「親会社からわざわざGreen Showerさん指名で取引をやめろと通達があったんです。なにかあったんですか?」
「まったく⾝に覚えがありません。そもそも親会社ってどちらなんですか?」
「綾部物産です」
「やっぱり関わったことがないですね」
聞き覚えのない会社名に、⼀花は⾸をひねる。
なにかやらかした記憶が本当にないのだ。しかも、わざわざ⼦会社にまで取引停⽌を⾔ってくるなんてよっぽどのことなのに。
「あっ、もしかして……」
ふと閃いて、⼀花は声を上げた。
担当者は興味津々に聞いてくる。彼としても異例の対応で理由が知りたいのかもしれない。
「心当たりがあったんですか?」
「いえ、私⾃⾝のことではないのですが……。確認してみます」
「そうですか。残念ですが、お世話になりました。いつも受付を素敵にしてくれてありがとうございました」
「こちらのほうこそ、ありがとうございました。またご縁がありましたら、よろしくお願いします」
丁寧に挨拶をして、⼀花はその場を去った。
こんなふうに仕事を打ち切られるなんて初めてのことで悔しくてならない。
不本意な終わり⽅に涙が出そうになる。担当者が惜しんでくれたのだけが救いだった。
そして今回の件は一花のミスとかやらかしではないように思える。そうであれば思い当たることは⼀つだけだ。
(もしそうだとしたら許せない!)
沸々と怒りがこみあげてきて、ぎゅっと握った拳が震える。
その勢いで、⼀花は電話をかけた。
今まで電話したことはなかったが、相⼿はすぐに出た。