シャンパンをかけられたら、御曹司の溺愛がはじまりました
『もしもし、颯⽃さん? 立石です』
『なんだ、一花か。めずらしいな。なにかあったか?』

 初めて彼女から電話した上、その硬い声になにか感じたようで、颯⽃が尋ねてきた。
 ⼀呼吸置いてから、⼀花は話し出す。

『……嫌がらせしている相⼿って、綾部物産に関係ある⽅ですか?』
『なぜそれを? なにかされたのか!?』

 鋭い声になった颯⽃が彼⼥の⼼配をしてくれる。
 正解だったと知って、⼀花はわなわなと震えた。
 こんなに腹を⽴てたのは久しぶりだ。

『取引先から切られました。綾部物産の意向だということで』
『なんだって? くそっ! 申し訳ない。そんな手に出るとは……。すぐ対処する。それまで俺たち……少し距離を置いたほうがいいかもな』

 めずらしく声を荒げた颯⽃が⼀緒になって怒り謝ってくれるので、反対に⼀花は落ち着いてくる。
 彼は対処すると言ってくれたが、今まであやしいと思っても決定的な証拠がなく動けなかったのに、この状況でなんとかできるとは思えなかった。
 それに距離を置くもなにも、このところ二人は会ってもいないし、もともと距離は遠いわとおかしくなる。
 恋⼈のふりをやめようということだろうが、ふと思いついた⼀花は逆のことを提案した。

『いいえ。むしろ、もっとイチャイチャしましょう。近いうちに犯人と思われる女性の出席するパーティーなんてないですか? ⾒せつけて煽って、ボロを出させてやりましょう!』

 女性を焦らせて証拠がつかめたらいいと思った。なんなら直接⽂句を⾔ってやりたかった。
 そんなことをしても颯⽃の⼼は⼿に⼊らないと。
 それほどまでに⼀花は嫌がらせ犯に憤っていた。

『ハ、ハハハッ』

 ⼀花は大真面目に⾔ったのに、颯⽃はおかしそうに笑い始めた。
 電話から聞こえる軽やかな声が鼓膜をくすぐる。

『君はやっぱりおもしろいな。普通なら怖がったり落ち込んだりするところじゃないか? 俺を責めるとか』

 笑いを含んだ声で⾔われて、⼀花はふくれる。
 彼⼥は本気で怒っているのだ。
 
『おもしろくなんかありません! そりゃあ、落ち込んでますけど、颯斗さんを責めてもしょうがないですし。それよりどうなんですか? パーティーはあるんですか!?』
『あぁ、ある。ちょうどおあつらえ向きのパーティーが来週にな。取引先の創業記念パーティーだが、うちのホテルでやるからいろいろ融通も利くし、もとから俺は出席予定だ』
『いいですね。そこに乗り込みましょう!』
『わかった。手配しておく』

 同意した颯斗は今の状況を説明してくれた。
 嫌がらせをしているのは、綾部物産の社⻑令嬢ではないかと颯⽃は考えていたが、やはりこれまでは確証がなかったそうだ。
 一花への嫌がらせの実行犯を捕まえて問いただしたところ、その令嬢の関係者の依頼ではないかというところまでわかったが、まだ証拠充分ではないのだ。
 しかし、今回、綾部物産からの指⽰があったことで、その線は決定的になった。
 来週のパーティーは綾部物産とも取引のあるいずみ産業創業三⼗周年記念パーティーだから、その令嬢も来るはずだという。颯⽃の出席するパーティーは把握されているようだから、そういう意味でも必ず来るだろう。
 ⼀花と颯⽃は詳細を打ち合わせして、そのパーティーに臨むことにする。
 数々の嫌がらせに加え、とうとう仕事にまで影響が及んで、⼀花はうんざりしていた。

(もう終わらせたいわ!)

 それは颯⽃との恋⼈のふりを終了することにもなる。
 こんなもやもやとする関係になるのなら引き受けなければよかったと一花は後悔していた。
 この件が片づいたら、残念だけど藤河邸の仕事も辞めさせてもらおうと心が決まる。

(颯斗さんのことはきっぱり忘れよう! うじうじしてる時間がもったいないわよね。新しい取引先も見つけないといけないし)
 
 ⼀気になにもかも終わらせたいと願う⼀花だった。

 そんな彼女のスマートフォンに一通のメッセージが届いた。

『契約を打ち切られたと聞きましたが、大丈夫ですか?』

 どこからか聞いたらしく、師匠の小野木圭からの問い合わせだった。
 もともと師匠に譲ってもらった取引先だったので、申し訳ない気持ちになる。
 細面の中性的な美しさの顔を曇らせて、心配してくれている様が目に浮かぶ。

(師匠、つらいです。私、がんばってたんですよ……?)
 
 そう泣き言を言いたくなったが、とっさに『大丈夫です! ちょっとした手違いがあっただけです』と返す。
 下手に愚痴など吐こうものなら、過保護な師匠は大量のケーキを買って一花のもとへ押しかけてくるだろう。そして慰めてくれた上に、新たな取引先を斡旋してくれかねないのだ。
 ありがたいことだが、一花は独立するときに師匠の援助は受けないと決めた。
 なんでも先回りしてやってしまう師匠に頼るのは楽だけど、それでは成長がないと思ったからだ。
『ずっとそばにいてくれると思ってたのに。考えは変わらないのですか?』と引き留めてくれた師匠に対するけじめでもある。

(やり返すなら自分でやりますから!)

 一花は優しい師匠に心の中で告げ、くだんの令嬢がボロを出して早く決着がつくことを願った。
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