シャンパンをかけられたら、御曹司の溺愛がはじまりました
「⼤丈夫か?」

 瞳を翳らせた彼は胸もとからハンカチを出し、彼⼥の顔や髪を拭いてくれる。
 これも⼆度⽬だなと思うとおかしくて、⼀花は笑いながら答えた。

「⼤丈夫です。颯⽃さんまで濡れちゃいますよ」

 そっと距離を取ろうとしたら、反対にもっと引き寄せられてドキッとする。
 まるで恋人にするしぐさのようだと思いかけて、そういえば、その演技中だったと苦笑した。
 颯⽃は⼀花に⽢い⽬を向けたあと、相手の女性を⾒据えた。

「綾部恵里佳さん」
 
 静かな怒りをたたえて彼女の名を口にする。やはり彼女が綾部物産の社⻑令嬢だったようだ。
 彼の瞳は冷たく、ビクッとした恵里佳は弁解しようとした。
 
「あ、颯⽃さん、すみません。私、つまずいてしまって。彼女のドレスは弁償いたしますわ」
「いいえ、それには及びません。一花のことはおかまいなく」

 ⾔外に拒否の意を含ませて、颯⽃はきっぱりと告げる。
 一花の腰に回った腕に力が込められ、それが彼女を守るようで頼もしく感じた。
 ひるんだ恵里佳はさらに⾔葉を重ねようとしたが、新たな声に阻まれた。

「颯⽃くん、うちの娘がご迷惑をおかけしたようで申し訳ない!」

 焦ってやってきた中年男性は綾部物産の社⻑らしかった。
 娘の頭を下げさせて謝ってくる。
 颯⽃は彼に視線を移し、冷静にしかし威圧感たっぷりに⾔った。

「綾部社⻑、謝るのなら、彼女にお願いします」
「あ、あぁ、申し訳なかったね。ほら、お前も謝りなさい」

 綾部社長はめんくらった顔をした後、一花に頭を下げた。そして、娘にも謝罪を促すが、彼女は燃えるような目で一花を見るだけだった。
 颯斗が寄り添う一花を見て、猛烈な嫉妬に駆り立てられているのだろう。
 その激しさに嫌がらせ犯の陰湿さを感じて、ぞっとした一花は身を震わせた。
 悪意からかばうように颯斗はよりいっそう一花を自分の胸に引き寄せる。
 彼は冷気をまとわせた瞳で綾部社長を見て言った。もう恵里佳には視線さえも遣らない。

「……今は一花を早く着替えさせてやりたいので失礼しますが、あとでお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「わ、わかった」
「それでは、後ほど」

 簡潔に挨拶すると、颯⽃は⼀花の背中を押して会場を出た。
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