シャンパンをかけられたら、御曹司の溺愛がはじまりました

終わっちゃった

 好奇の視線が背中に突き刺さるのを感じながらも、⼀花は⾃分の役⽬は終わったとほっと肩の⼒を抜いた。あとは颯斗が始末をつけるだろう。

(これで彼との関係も終わりね……)

 さみしい気持ちで颯⽃を⾒ると、同じく彼⼥を⾒ていた⽬と視線がぶつかる。
 彼は頭を深く下げて謝ってきた。

「申し訳ない。彼⼥がここまでするとは思わず……」
「いいえ、わかりやすくてよかったんじゃないですか? これでとっちめられますよね?」

 ここまでやらかしたら対処しやすくなったのではないかと、⼀花は笑って答えた。
 それに颯⽃からあそこまで邪険にされて彼⼥もショックだろうと少し溜飲も下がった。
 おおらかな⼀花の返しに、颯⽃は破顔する。

「たしかに俺はやりやすくなったが……」

 彼⼥の頬に貼りついた髪を指で避けてくれながら、颯⽃はじっと⼀花を⾒つめた。

「⼀花――」
「副社⻑、お部屋をご⽤意しました。よろしければ、そちらでお着替えください」

 なにか⾔いかけた颯⽃をホテルの従業員の声がさえぎった。
 カードキーを受け取った颯⽃は、⼀花をエレベーターに誘導しようとする。
 部屋まで送ろうとしてくれているみたいだ。
 まだパーティーの最中だというのに、自分のために中座させるのは申し訳ないと思い、一花は首を横に振る。

「颯⽃さんまで来なくて⼤丈夫ですよ。パーティーに戻ってください」
「君を⼀⼈で⾏かせるわけにはいかないだろう。どうせ歓談中だ。抜けたってかまわない」
「ありがとうございます」

 エレベーターホールには幸い誰もいなかったが、びしょぬれの恰好で⼀⼈待っていたら、さすがに恥ずかしい。本音では颯⽃がついてきてくれるのはありがたかった。

(でも、もう恋⼈のふりをしなくてもいいのに)

 嫌がらせ犯はあぶりだせたのだから、もう演技する必要はない。
 この甘い態度も今⽇までだろうと思って、⼀花は切なくなる。
 それなのに、⽤意された部屋に⼊るといきなり颯⽃が⼝づけてきた。

「んんっ?」

 驚いて声を上げた⼀花の唇に吸いついたあと、⾸筋を舐めてくる。
 垂れたシャンパンを味わうように⾆が動き回るので、くすぐったいような感覚にジンと下腹部が反応して、胸先が硬くなった。
 戸惑う彼女の耳もとで颯斗がささやく。

「……美味しい。このまま⾷べてしまいたい」

 かすれた声を漏らしたあと、かぷっと耳殻を噛むから、⼀花の⾝体がびくりと官能に震えた。
 彼の意図がわからず、胸板に⼿を突っ張って離れようとする。しかし、颯⽃は彼女の後頭部を掴んで、また唇を⾸筋に落とし、放してくれない。

「ど、どうして? 恋⼈のふりは終わったんでしょう?」
「もちろんだ」

 動揺して尋ねた⼀花に、颯⽃が笑って答えるから、吐息が濡れた首筋にかかって、首をすくめた。
 関係の終了を肯定されて落胆する心とともに、それならなおさらどうしてこんなことをするのかと思い、⼀花は声を尖らせる。

「もうっ、だめです!」
「君が魅⼒的なのが悪い」
「……颯⽃さんって、結構えっちですよね?」
「ハハッ、そうかもな。俺も今まで自分が淡泊だと思っていたんだが」

 まるで彼女にだけ欲情しているとでも言いたげな颯斗に、一花は誤解するから止めてほしいと思う。そんな彼女の気も知らず、颯斗は顔を擦りつけてくる。

「行きたくないな……」
 
 そうつぶやき、名残惜しそうに⼀花の頬を舐めてから、颯⽃はようやく⾝を離した。
 一花が顔を上気させているというのに、涼しい顔をしているのが腹立たしい。
 きっと彼は軽い気持ちでしかないのだ。

「それじゃあ、パーティーに戻るよ。着替えは届けさせるから、君はここでゆっくりしていてもいいし、先に帰ってもかまわない。例の件はきっちりケリをつけてくるから安⼼しろ」
「わかりました。いってらっしゃい」

 気持ちを切り替えたのか、テキパキと段取りを話す颯斗は仕事ができる人だと感じる。
 的確な指示に即断即決なやり方は師匠と似てるなとふと思った。

(師匠もシゴデキだもんなぁ。気遣いの人だし。上に立つ人ってみんなそうなのかも)
 
 そんなことを考えていた一花に、颯⽃はチュッと触れるだけのキスをして、部屋を出ていった。
 油断していたので、避ける暇もなかった。
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