シャンパンをかけられたら、御曹司の溺愛がはじまりました
よりによって・・・
それから⼀週間、⼀花は休憩も取らない勢いで働いた。
案内チラシを作って飛び込み営業をしてみたり、ホームページをリニューアルしたり、もちろん装花の仕事も熱心にやった。
隙間時間には本を読んだり、装花のデザインを描いたりして、とにかく頭の中をなにかで埋めようとした。
それでも気を抜くと、颯⽃の顔が浮かんでしまい、ほろりと涙がこぼれそうになったが。
⼟曜⽇になり、もう藤河邸の仕事がなくなった⼀花はどこかに出かけようと思った。
家にいたら、うじうじと考えてしまいそうだったからだ。
そこに、ピコンとスマートフォンにメッセージが来る。
とっさに颯斗かと思ってしまって、そんなわけないのにと未練がましい自分に苦笑する。
連絡してきた相手は師匠だった。
『もしよかったら明日のイベントの手伝いをしてくれませんか?』
一花の状況を見ていたかのようなタイムリーなお誘いだった。
渡りに船だと詳細も聞かずにその話に飛びつく。
時間をつぶしたいだけでなく、師匠の手伝いは勉強になるに決まっているからだ。
『喜んで! 何時からどちらに伺えばいいですか?』
了承すると、まずは事務所で打ち合わせしたいということだった。
今日の予定まで埋まって、一花は師匠に感謝した。
さっそく都心の師匠の事務所へ向かうことにする。
自分の名前からとった小木野フラワーデコというのが師匠の会社だ。
今日は装花の荷物はいらないから、車ではなく電車を使った。都心ではそのほうが身動きとりやすい。
電車を降りて徒歩十分で事務所へ着く。
通い慣れたそこは高級住宅街の中にたたずむ小綺麗な白いビルだった。
三十二歳にして、こんな立派な事務所を構えられる師匠はすごいと尊敬する。
小木野は生け花の家元の次男で、その縁故でうまくいっているだけだと本人は謙遜していたが。
(そういえば、颯斗さんと師匠は同い年なんだな……って、もう彼のことはいいから!)
つい颯斗のことが頭に浮かんでしまって、慌てて頭を振ってかき消そうとした。
すぐに思い出してしまうのを止めたいと一花は唇を噛んだ。
気を取り直してビルに目を遣ると、一階はフラワーアレンジメント教室になっていて、ガラス窓から生徒たちが思い思いに花を飾りつけているのが見える。
一花もここで働いていたときには師匠の助手として装花に携わる傍ら、ここの講師もしていた。
(懐かしいなぁ)
まだ独立してから一年ほどしか経っていなかったが、目まぐるしいほど忙しかったのもあり、すでにここでの記憶が遠いものになっていた。
外階段から二階に上がると、事務所の入口になっている。
一花が受付の電話で小木野を呼び出そうとしていたら、ちょうど彼が出てきた。
水色のシャツにモカのパンツを穿いた師匠はスタイリッシュだ。
作業中だったのか、肩までの長髪を後ろで無造作にくくっている。
「師匠、おはようございます」
「おはようございます。急に来てもらって申し訳ありません。急病人が出て、人手が足りなくなってしまって……」
「いいえ、お声をかけていただいて、ありがたいです。暇を持て余していたのでこちらこそ助かりました」
「それならいいのですが。……でも、なんだかやつれてませんか? 忙しいのではないですか? ちゃんと休みを取っていますか?」
久しぶりに会う師匠の小木野は相変わらず男前で、その綺麗な顔を近づけて、矢継ぎ早に問い詰めてくる。
いつもの心配性だと一花は微笑んで、首を横に振った。
「昨日読んでたデザインの本がおもしろくて止められなくて寝不足なだけです。先週ひとつ仕事が終わったからむしろ暇なんですよ」
大丈夫だと言ったつもりだったのに、小木野はまだひそめた眉を解かず、尚も言ってくる。
「この間も仕事を切られたって話でしたが、大丈夫ですか? なにかトラブルに巻き込まれていませんか?」
勘の鋭い師匠にはなにか見抜かれているようで、じっと目を合わせ問いかけられると、一花は視線をうろつかせた。吐き出してしまいたいという思いと自分のことは自分で始末できるという自負とで心が揺れたのだ。
結局、甘えるのは止めて、軽い説明に留めた。
「まぁ、いろいろあったんですが、今回の件は私のほうから終了させてもらったんです。円満に。これで落ち着くと思います」
「そうですか……。相変わらず、立石さんは私に頼ってくれないのですね」
さみしそうに小木野が言うから、一花は慌てた。
師匠を信用していないわけではないのだ。
「そうじゃないんです。ひとりではどうしようもなくなったら師匠に頼ろうと図々しく思ってますよ! まだそのときじゃないだけで」
「なにかあれば、気軽に相談してくれていいのですよ? 立石さんを困らせる相手には私がギャフンと言わせてやりましょう」
「ギャフンと、ね。頼りにしてます」
一花はこの口癖が移ってしまったのだと笑った。
普段は穏やかな師匠だが、やられたらきっちりとやり返すというシビアな面もあり、そこに疑いはない。
でも、颯斗とのことは個人的なものなので、相談するつもりはなかった。
(師匠が颯斗さんをギャフンと言わせるとしたら、どうなっちゃうんだろう?)
颯斗がやり込められて落ち込んでいる姿など想像もつかない。見たいとも思えない。
一花は話題を変えようと、明日のイベントのことに話を向けた。
案内チラシを作って飛び込み営業をしてみたり、ホームページをリニューアルしたり、もちろん装花の仕事も熱心にやった。
隙間時間には本を読んだり、装花のデザインを描いたりして、とにかく頭の中をなにかで埋めようとした。
それでも気を抜くと、颯⽃の顔が浮かんでしまい、ほろりと涙がこぼれそうになったが。
⼟曜⽇になり、もう藤河邸の仕事がなくなった⼀花はどこかに出かけようと思った。
家にいたら、うじうじと考えてしまいそうだったからだ。
そこに、ピコンとスマートフォンにメッセージが来る。
とっさに颯斗かと思ってしまって、そんなわけないのにと未練がましい自分に苦笑する。
連絡してきた相手は師匠だった。
『もしよかったら明日のイベントの手伝いをしてくれませんか?』
一花の状況を見ていたかのようなタイムリーなお誘いだった。
渡りに船だと詳細も聞かずにその話に飛びつく。
時間をつぶしたいだけでなく、師匠の手伝いは勉強になるに決まっているからだ。
『喜んで! 何時からどちらに伺えばいいですか?』
了承すると、まずは事務所で打ち合わせしたいということだった。
今日の予定まで埋まって、一花は師匠に感謝した。
さっそく都心の師匠の事務所へ向かうことにする。
自分の名前からとった小木野フラワーデコというのが師匠の会社だ。
今日は装花の荷物はいらないから、車ではなく電車を使った。都心ではそのほうが身動きとりやすい。
電車を降りて徒歩十分で事務所へ着く。
通い慣れたそこは高級住宅街の中にたたずむ小綺麗な白いビルだった。
三十二歳にして、こんな立派な事務所を構えられる師匠はすごいと尊敬する。
小木野は生け花の家元の次男で、その縁故でうまくいっているだけだと本人は謙遜していたが。
(そういえば、颯斗さんと師匠は同い年なんだな……って、もう彼のことはいいから!)
つい颯斗のことが頭に浮かんでしまって、慌てて頭を振ってかき消そうとした。
すぐに思い出してしまうのを止めたいと一花は唇を噛んだ。
気を取り直してビルに目を遣ると、一階はフラワーアレンジメント教室になっていて、ガラス窓から生徒たちが思い思いに花を飾りつけているのが見える。
一花もここで働いていたときには師匠の助手として装花に携わる傍ら、ここの講師もしていた。
(懐かしいなぁ)
まだ独立してから一年ほどしか経っていなかったが、目まぐるしいほど忙しかったのもあり、すでにここでの記憶が遠いものになっていた。
外階段から二階に上がると、事務所の入口になっている。
一花が受付の電話で小木野を呼び出そうとしていたら、ちょうど彼が出てきた。
水色のシャツにモカのパンツを穿いた師匠はスタイリッシュだ。
作業中だったのか、肩までの長髪を後ろで無造作にくくっている。
「師匠、おはようございます」
「おはようございます。急に来てもらって申し訳ありません。急病人が出て、人手が足りなくなってしまって……」
「いいえ、お声をかけていただいて、ありがたいです。暇を持て余していたのでこちらこそ助かりました」
「それならいいのですが。……でも、なんだかやつれてませんか? 忙しいのではないですか? ちゃんと休みを取っていますか?」
久しぶりに会う師匠の小木野は相変わらず男前で、その綺麗な顔を近づけて、矢継ぎ早に問い詰めてくる。
いつもの心配性だと一花は微笑んで、首を横に振った。
「昨日読んでたデザインの本がおもしろくて止められなくて寝不足なだけです。先週ひとつ仕事が終わったからむしろ暇なんですよ」
大丈夫だと言ったつもりだったのに、小木野はまだひそめた眉を解かず、尚も言ってくる。
「この間も仕事を切られたって話でしたが、大丈夫ですか? なにかトラブルに巻き込まれていませんか?」
勘の鋭い師匠にはなにか見抜かれているようで、じっと目を合わせ問いかけられると、一花は視線をうろつかせた。吐き出してしまいたいという思いと自分のことは自分で始末できるという自負とで心が揺れたのだ。
結局、甘えるのは止めて、軽い説明に留めた。
「まぁ、いろいろあったんですが、今回の件は私のほうから終了させてもらったんです。円満に。これで落ち着くと思います」
「そうですか……。相変わらず、立石さんは私に頼ってくれないのですね」
さみしそうに小木野が言うから、一花は慌てた。
師匠を信用していないわけではないのだ。
「そうじゃないんです。ひとりではどうしようもなくなったら師匠に頼ろうと図々しく思ってますよ! まだそのときじゃないだけで」
「なにかあれば、気軽に相談してくれていいのですよ? 立石さんを困らせる相手には私がギャフンと言わせてやりましょう」
「ギャフンと、ね。頼りにしてます」
一花はこの口癖が移ってしまったのだと笑った。
普段は穏やかな師匠だが、やられたらきっちりとやり返すというシビアな面もあり、そこに疑いはない。
でも、颯斗とのことは個人的なものなので、相談するつもりはなかった。
(師匠が颯斗さんをギャフンと言わせるとしたら、どうなっちゃうんだろう?)
颯斗がやり込められて落ち込んでいる姿など想像もつかない。見たいとも思えない。
一花は話題を変えようと、明日のイベントのことに話を向けた。