シャンパンをかけられたら、御曹司の溺愛がはじまりました
 小木野に車で家まで送ってきてもらうと、さすがにもう颯斗の姿はなかった。
 一花の胸の中では安堵する気持ちとがっかりする気持ちがないまぜになる。
 車を降りた彼女は頭を下げた。

「今日は本当にありがとうございました」
「いいえ、なにかあったらすぐ呼んでください」

 窓を開けた小木野が案ずるように一花を見た。
 そして、にこりと笑って付け加えた。くぎを刺すように。

「私の気持ちを知ったからといって、避けたりしないでくださいね」
「わ、わかりました。それじゃあ、おやすみなさい。お気をつけて」
「はい、おやすみなさい」

 手を上げて去っていく師の車を見送ってから、一花は家の中に入った。
 そのままドアにもたれた彼女の口から、ハァァと深い溜め息が漏れる。
 昨日からいろいろありすぎで、すっかり気疲れしていた。

(颯斗さんはまた来るのかしら? それに、師匠が私のことを好きだったなんて、ぜんぜん気がつかなかった……。どうしよう?)

 当然、嫌な気持ちではないし、師匠は素敵な恋人になるだろうことは目に見えている。
 だからといって、簡単に心の整理はできず、一花は戸惑うばかりだった。

「寝よう」

 明日は月曜日だ。
 週の始めは定期契約の会社の受付の装花が何件か入っていて忙しい。
 考えてもすぐには結論が出せないので、シャワーを浴びて寝てしまうことにした。


 次の週も一花は忙しく働いた。
 家に帰るたびに颯斗がいたらどうしようと思ったが杞憂で、彼の姿はなかった。

(そりゃそうよね。もう愛想を尽かしてしまったのかも)

 逃げ回る女性を追いかける趣味は颯斗にはないだろう。
 物理的にも忙しくてそんな時間はないはずだ。
 誰もいない玄関を見て、切なさを感じる自分は愚かだと思う。やれやれと自嘲気味に首を振った。
< 64 / 83 >

この作品をシェア

pagetop