シャンパンをかけられたら、御曹司の溺愛がはじまりました
 ⼀花の両親への挨拶も、来週なにがあっても⾏くと颯⽃が息巻いている。
 気の早い颯⽃はここに来る⾞の中でも「住むなら⼀軒家かマンションかどっちがいい?」と聞いてきた。
 この勢いでは、気がついたら式を挙げてるのではないかと苦笑した。
 めまぐるしさに頭がクラクラしてくる。
 そして、彼がもう一箇所どうしても行きたいと主張したところがあった。
 小木野のところだ。

「一花の師匠なら夫としてちゃんと挨拶しないとな」
「まだ夫じゃありませんよ?」
「じゃあ、婚約者として」
「私のほうから伝えておきますから!」
「いや、一緒に行こう」

 師匠には二人きりで会って謝りたかったのだが、颯斗は許してくれなかった。
 一花はあきらめて、小木野に連絡を取った。
 彼は自宅で会ってくれるという。
 気乗りしないまま、一花は師匠のマンションへと颯斗を案内した。

「急に押しかけてすみません。藤河颯斗と申します」

 出迎えた小木野に手土産を渡しながら、颯斗は挨拶をする。
 小木野は大人の笑みを浮かべて、相対した。

「いいえ、わざわざありがとうございます。小木野圭です」

 一花はとても気まずくて、師匠に向かって深く頭を下げた。
 そんな彼女に小木野は困った顔で微笑んで、わかっているというようにうなずいてみせた。
 お茶を出してくれた小木野が二人の前に座ると、一花は口を開いた。

「師匠、いろいろとご心配をおかけしましたが……」

 そのあとなんと言おうかと口ごもる。
 うまくいったというのも変だし、結婚することになったというのも一足飛びな気がして。
 それなのに、颯斗は彼女のあとを引き継いで勝手に言ってしまう。

「何度か見苦しいところをお見せしましたが、誤解が解けたので、俺たち結婚することにしたんです」
「結婚、ですか……?」

 さすがの師匠も目を丸くして、颯斗と一花を交互に見た。
 居たたまれなくなった一花は颯斗に抗議する。

「もうっ、颯斗さん、物事には順序があるでしょう?」

 ためらわずゴールに向けて突き進んでしまうのは、忙しくて仕事ができる彼の特性かもしれないが、一花はそのスピード感にしばしばついていけない。

「すまない。うれしくてつい言いたくなってしまったんだ」

 颯斗は素直に謝ったが、そんなかわいいことを続けて言うから、一花はキュンとしてそれ以上は責められなくなった。
 そんな二人を見た小木野は苦笑してつぶやく。

「まぁ、負け戦だろうと思っていましたが、一気に結婚までいくとは……」
「え?」
「いいえ、婚約おめでとうございます」

 師匠がなんと言ったのか聞き取れず、首をかしげた一花に、小木野は祝福の言葉をかけた。
 きれいな笑みを浮かべた彼は心から言ってくれているようで、一花は心苦しくなる。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 しかし、小木野は優しいまなざしで一花に言う。

「でも、なにかあったら、私はあなたの味方ですからね。私のところに逃げてきてください」
「もうそんなことはありませんから、ご心配なく」

 すかさず、颯斗がきっぱりと返す。
 小木野も颯斗もお互い笑顔なのに、冷たい空気で視線を交わした。
 でも、すぐに小木野は視線を一花に戻して聞いてくる。

「ところで、結婚しても装花の仕事は続けるのですか?」
「はい、もちろん」
「それはよかった。じゃあ、また手伝ってもらえますね」
「手伝い?」

 その言葉を聞き咎めた颯斗に、にっこりと笑って小木野が返した。

「大きな仕事の際にたまに立石さんに手伝ってもらうのですよ。あれ、もしかして奥さんの行動を制限するタイプですか?」

(あ、師匠の意地悪が出た)

 小木野は物腰は穏やかだが、微笑みながら尖ったことを言うのだ。
 そして、そんな彼は交渉ごとに強い。
 颯斗も負けずにさわやかな笑みを浮かべ、否定した。

「いいえ、そんなことをするはずがありません。一花はなにをするのも自由です」
「自由に動いていいのですって。よかったですね、立石さん」
「はい、ありがたいです」
 
 お互いを牽制するようなやり取りを繰り返す二人に、一花は冷や汗をかく思いがした。
 それでも大人な彼らは表向き友好的な態度を崩すことはなかった。
 
< 81 / 83 >

この作品をシェア

pagetop