父性本能を刺激したようで最上級の愛で院長に守られています
第一章 羽吹副院長からの突然の告白
 目の前に広がる鮮やかな初夏の木々に目を奪われた何度目かの瞬間。

「ずっと前から伊乃里(いのり)くんを、ひとりの女性として意識していた」

 不意に耳慣れた穏やかな声が私の注意を自分に向けるように耳に入ってきて、喉もとを通るアイスティーがお腹の底まで冷たく響く。
 
「僕のことを男性として意識してもらえたら嬉しい。少しずつでいい」
 
 思いがけない言葉に、すぐに答えが返せない。

「きみが国立大の獣医学部を卒業後、うちの羽吹動物医療センターに入職したとき」

 戸惑いの色を隠せず呆然とする私とテーブルをはさんで目の前に座っている彼は、羽吹動物医療センターの跡取り息子である羽吹 信(はぶき しん)副院長。
 
「動揺させたね、急にごめん。目の揺れで動揺に耐えていることが分かる」
 さすがエリート内科医なことはある。

 人の顔色をうかがい、心を読む。その栗色の瞳はなんでもお見通し。

「私が入職したとき?」

「 伊乃里くんをひとりの女性として意識していたってこと」

 ゆっくりと顔を上げると、“僕”が似合う温厚で穏やかな笑顔が少し照れくさそうにやわらかそうな髪に触れ、私を見つめている。

 羽吹動物医療センターは、年間35 ,000件以上の症例と1,200件以上の手術をおこなう全国でも有数の医療センター。

 それほどまでに大規模な医療センターの跡取り息子なのに、偉ぶらずプライドも無駄に高くなく佇まいには品がある。
 
 羽吹副院長の専門は血液内科。

 血液内科の見本のようにのんびりしていて優しい感じで、真面目を絵に描いたような爽やか好青年。おこないは、お手本みたいに品行方正。

 私は研修医時代のあれこれを思い出し、じっと顔色を観察していた。

 神経内科は緻密な神経所見をひとつひとつ取っていく故になにごとにも細かい。観察は内科専門獣医師の特性。

 じっくりと人の話に耳を傾ける癖も身に付いているからなのか、重大なことを言われたのに妙に冷静に羽吹副院長の表情を読み取ろうとしている。

「羽吹副院長には縁談のお話があったじゃないですか」

「某一流企業の資産家のお嬢さまだね。ただの噂にすぎないよ」
 「気にしないで」と微笑み返す羽吹副院長に私の心は複雑な気分。

「今まで通り、たまに仕事帰りに一緒に食事をしてくれれば嬉しい。こうしてね」

「いつもありがとうございます」

「いつも? 半年に一度あるかどうかだよ。いつも忙しい伊乃里くんに、ふられてばかりだからね」
 
「まさか、私が羽吹副院長をふるなんて。そんな立場じゃないです」
「ふる、ふらないに立場があるの? 初耳」

 私の頭には、まるで羽吹副院長が職権乱用していて恋愛にまで立場を利用しているようだと、一瞬だけ頭によぎった。
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