父性本能を刺激したようで最上級の愛で院長に守られています
「伊乃里先生、誰も取りゃあしませんからゆっくりお召し上がりください」

「早食いは救急、急患、緊入なにがあるか分からないセンターに居たから職業病。食事中もトイレのときでもオンコールよ」

 途中で止められないから漏らすかと思ったわ。

「特に研修医時代なんか、お弁当買いに数百メートル先のコンビニに行くのも、ものすごく勇気がいったんだから。これぞオンコールの呪縛」
 
 食べられるときに食べておかなきゃ一日以上食べられないときもあった。若いから出来たことで、今は無理。

「ごちそうさまでした」
「早いっ。伊乃里先生の早食いは見ている方がお腹痛くなりそうです」

「戸根院長はこの食べっぷりが良いんだって」
「戸根院長って変わっていますね」
 うん、そのセリフは私が言って成立するんだよ。
 
「そういえば四季浜さんと戸根院長ってなんなの?」
 平然を装い、どさくさ紛れにしれっと質問してみた。  
 気になって仕方ないのよ。
 
 唯一、二人の関係を知っているのは梨奈ちゃん、あなたなのよ、あなたが望みの綱なの。

「先ほど戸根で説明した通りですが、あと他になにをお知りになりたいのですか?」

「そうね、すべて教えてもらったわね。なんだろう、あと聞きたいのは四季浜さんの好きな食べ物かな」

 私の本心がバレないように警戒して言ったでまかせは、好きな人にする初歩中の初歩的な質問だった。
 
 引き気味で怪訝そうな顔の梨奈ちゃんと目と目が合って、貴婦人みたいな愛想笑いをしてしまったわ。
 怪しまれたかな、バレていないよね?

「二人は好きで別れたんでしょ? 思い当たることがあるのよ」

 私の神妙な顔付きに梨奈ちゃんが興味が湧いたのか真剣な顔で左肩を寄せてくる。

「あれは十二月のことだった」

「忠臣蔵の講談師ですか」
 幸星くんの言葉に可愛い顔が一瞬で崩れて梨奈ちゃんが吹き出した。
 美形は崩れても崩れようがないほど可愛い。

「十二月に戸根院長と話していたの。そしたら『目を閉じると条件反射のように心の中に浮かび上がる。今も愛する者が浮かんでいる』とかって言ったの」

「エイプリルフールは、まだですよ」
 前屈み気味の梨奈ちゃんが損したとばかりに背もたれに背中をあずけた。
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