七回目の、愛の約束




『少しの憂いも、見逃してはならない』

父の言葉を思い返しながら、とうの昔に出ていったきり、戻ってくる気配すらない火神の人達を思い浮かべ、朱音はため息をつく。

(取り潰されることになろうと、私にはどうすることも出来ない)

朱音にそんな権限は無いし、朱雀宮様が決めたならば、それに従う他ない。

それに、正直、どうでもいい話だった。火神が取り潰しになろうと、朱音は困らない。

緋ノ宮の屋敷がどうなっているのか、両親の遺品の行方とか、気になることはそれなりにあるけれど、そんなもの、宗家に迷惑をかけるくらいなら、諦められる。

朱音は基本、伯母達に逆らわないようにしているから、彼女らは勘違いしているようだが、朱音は怒らなかったのではない。
無駄だと思って諦めたのだ。

だから、もしもの場合も助けない。
助ける言われがない。そもそも、身分ならば、朱音の方が生まれながらに上であると知っている。

伯母は、家よりも恋を優先した。
そして、火神という新たな分家まで作ったのだ。朱雀宮がそれを許可したにせよ、それは異例中の異例。

三大名家の分家は基本、三家までだから。
それを破ることを率先した彼女は、緋ノ宮の恥の象徴だった。
彼女のせいで、彼女が生み出した火神のせいで、四家ある朱雀宮は他の二家である橘と桔梗とのパワーバランスが崩れる危険性があり、常に国から監視されるようになったのだから。

宗家に迷惑をかけるなんて、これ以上は許されないし、朱音が許せない。
祖父母や両親の思いを、これ以上踏みにじれない。

「─貴女は心底、どうでも良さそうですね」

クスクスと笑われて、朱音は頷く。

「宗家に迷惑をかけるなんて、言語道断。そんな存在、心底どうでも良いです」

そういう風に、育ってきた。
そういう風に、教えられた。

いくら親しくしていたとしても、私達は朱雀宮のおかげで生きていけることを忘れるな、と、父は何度も私に言った。

父の繰り返されたその言葉の真意は、未だに計り知れないけれど、何であっても、宗家に迷惑をかけていい理由にはならないだろう。

「─義姉さん」

「!?、や、やめてください、千陽様」

「ええ?だめですか?」

「ダメですよ。朱音でいいです。いや、名前を呼ぶことすら─……」

「何を言ってるんです、同じ人間ですよ。変に神格化しないで」

「で、でも、義姉さんは……契約なのに」

嫌とかそんなことよりも。素直に落ち着かない。
畏れ多くて、震えてしまう。

そんな朱音の不安を汲み取ってくださったのか、

「……貴女が、様付けをやめるなら」

少し間を置いて、彼は微笑んだ。

「えっ……」

「え?」

「い、いや、それは……」

「じゃあ、義姉さんで♪」

─温和な見た目に反して、中々な性格である。
引くに引けなくなった状況に、朱音は絞り出すような声で。

「…………千陽さんで、許してください」

「フフフッ、あと少し頑張って欲しいところですが。分かりました」

「あっ、本当に今更ですけど、千陽さんにそのように話されると、戸惑います……」

「……アハハッ、怖い?」

「いや、畏れ多くて……」

「アッハハハ……ッ!」

何故か、とても楽しそうに笑い出す彼は涙を拭いながら、まだ少し、笑いながら。

「─なんだ。千景の言う通り、君は本当、何にも変わらないんだね」

「え?すみません、今なんて……」

この距離なのに、聞き取れなかった。
敢えて聞こえないように話したのか、それとも、それ以外なのか分からずに尋ねると、「ううん、何でもないよ」と、千陽さんは笑った。



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