隣の席の坂本くんが今日も私を笑わせてくる。
大分話が逸れてしまった。
こんなにも長々とパン祭りについての一連の流れを語ってしまったのは、この話には続きがあるからだ。
「──せやから、大丈夫やって」
『そんなこと言うて、ちゃんとご飯食べとるん? カップ麺ばっか食べてるんちゃう?』
「心配せんでも、カップ麺ばっかちゃうよ(……菓子パンばっかやけど)」
『はあ。あんま無理せんと、嫌にやったらいつでもこっちに……あ、ちょっと待って。カナタ、今お兄ちゃんと電話しとるから、』
「……忙しいみたいやから、切るで」
ぷつり、と半ば強引に電話を切る。
空を見上げると、画用紙に墨を一滴垂らしたみたいな重い雲が行先に見えた。
手元を見れば、ギチギチに袋に詰まった菓子パン。
思わずため息が出てる。
絶対あそこのコンビニの店員に、こねこねパン野郎とか裏で呼ばれてる。しばらく行かれへん。
明日からまたパン祭りに逆戻りか〜と、肩を落として歩いていると、落ちた気分にリンクしたみたいにぽつぽつ、と地面に黒いシミができていく。
次第にそのシミが広がっていくのに気づいて、慌てて鞄の中から取り出した折り畳み傘を開いた時だった。
……倉橋さん?
開いた傘越しに、見知った人影がコンビニの軒下で雨宿りしているのが見えた。雨で濡れた髪をハンカチで拭き取っている真っ最中だった。
傘忘れたんかな?
声をかけるべきやろうか……でも倉橋さん、外でクラスメイトに声かけられんの嫌がりそうやし……。ってか、なんや……震えてない?
コンビニからは少し距離があるから、はっきりは見えないが、倉橋さんの肩が小刻みに震えている、気がする。と、思ったらいきなりしゃが見込む。
さっと血の気が引いた気がした。
もしかしたら、体調が悪くて動けんのかも──そう思って、一歩踏み出した時だった。
「──」
時間が、止まったみたいに。
けれど、心臓の鼓動だけはやけに耳に響いていた。
その光景から目が離せなくて、食い入るように見つめてしまう。さっきまで雨で悴んだ指先が、頬が、燃えるように熱い。
転校してきてから5日目。
隣の席の彼女が笑うところを、その時、初めて目撃した。