婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。
赤瀬は菜花にとってずっと尊敬する上司だった。
いつも堂々としていてカッコよく、仕事ができる。
部下のことをよく見てくれて、さりげなく気を回してくれる優しさも素敵だと思う。
ストレートに好きだと伝えてくれる誠実さも魅力的だ。
この人が恋人になったら、きっと幸せになれるのだろう。それでも、彼の気持ちに応えることはできない。
「赤瀬部長のこと、本当に尊敬しています。部長が上司で良かったと心から思っています。だから、これからもご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
菜花は深々と頭を下げる。
「それと……ありがとうございました」
何となく謝るのは違うと思った。
その代わり、ありがとうだけはどうしても伝えたいと思った。
赤瀬のような魅力的な男性が、自分のことを好きになってくれた気持ちは素直に嬉しい。
だが、その気持ちには応えられない。
菜花が愛しているのは紅真だけだから。
紅真以上に好きになれる人はきっといないから。
赤瀬は少し目を見開いた後、優しく微笑んだ。
「……幸せになれよ」
切なさが滲み出る笑顔にズキリと胸が痛む。
菜花はぺこりと頭を下げた。
菜花が恋しているのも、この先ずっと愛したいのも紅真だけだ。
だけど、赤瀬が想ってくれたことは忘れないでいようと思った。
「それにしても、意外だったなぁ」
「何がですか?」
「お前の婚約者、なんていうか典型的な芸術家肌で他人に興味ないのかと思ってたけど、意外と嫉妬深いのな。しっかりマーキングされてるし」
「マーキング?」
典型的な芸術家肌で他人に興味ないというのは間違っていないのだが、マーキングとはどういう意味なのだろう。
菜花はきょとんと首を傾げてしまった。