不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
「すみません、すぐ直します」
「いや、その前に一息入れたらどうだ? コーヒーを入れたんだ。チョコもあるぞ?」

 私が急いで修正しようとしたら、制止された。
 ふわりとコーヒーのいい香りがして、黒瀬さんが机にマグカップを置いてくれたのがわかった。
 彼のこだわりでここには豆から挽く本格的なコーヒーメーカーがある。
 それで新しいのを淹れてくれたらしい。
 小皿に高級チョコレートの粒まで添えて。

「あー、いいな。有本さんだけ、ずるい! 黒瀬さんって、有本さんにやたら優しくないですか?」
「彼女は特別だからな」

 目ざとく見つけた池戸さんが抗議の声をあげたけど、黒瀬さんは平然と返した。

(特別? それって、私が出向者って話よね?)

 鼓動が一瞬速くなったものの、思い直して気を落ち着ける。
 誤解を招く言い方はしないでほしいと訴える前に、池戸さんが納得いったとうなずいた。

「あぁ、だから、有本さんに丁寧に教えてあげて、そうやって構うんですね」

 そう言われてみたら、黒瀬さんは図面を確認するついでというように、あれこれ建築の知識を語ってくれていた。私に教授するように。
 今みたいに私に適宜声をかけ、気遣ってくれているのも感じる。

(なによ。黒瀬さんのくせに)

 彼のことが嫌いなのに調子が狂って、私が反応できずにいると、黒瀬さんはニッと笑って片目をつぶった。
 それがまた様になるから腹立たしい。
 
「……ありがとうございます」

 私は彼から目を離して、小さく礼を言い、チョコレートを口の中に放り込んだ。
 それはやけに甘く感じた。

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