プレイボール

第3章

その日の授業後、僕は寮に戻るなり、空先輩からもらったノートを開く。
そこには、5月10日  西村先生を説得すると書いてある。

そこで僕は疑問に思う。西村先生って一体どのような人物なのだろう。
シニア時代の佐々木監督だけでなく、空先輩も一目置いている。そういえば、寮母さんもだっけ。

夜の21時になるのが待ち遠しい。どうしても西村先生にコンタクトをとりたくなってきたのだ。
でもその前に、当時のことをもっと詳しく知っている人はいないか考える。

部屋にいてもしょうがないので、晩御飯までグラウンドに出る。すると空先輩がグランドのマウンド付近に立っている。
僕はランニングがてら空先輩のそばまで近寄る。

「あの、先ほどはノートありがとうございました。少し読ませてもらったんですけど、空先輩は西村監督をとても尊敬して信頼しているように思いました。よければ西村監督についてもう少し詳しく教えてくれないでしょうか。」


マウンド付近から学校の校舎を見つめていた空先輩が僕を見ていう。
「ああ、いいだろう。どうせ暇だ。キャッチボールの相手しろ」

そう言ってグラブをボールを掲げる。
僕はいいですよと、ベンチに置いてあるグラブをとって、キャッチボールを始める。

空先輩は言う。
「西村監督は、物理の教師として、この学校で教えていた。そして吹奏楽部の顧問でもあった。
ただし、西村監督はとにかく気まぐれな人だ。部活はおろか、授業でさえ、出たりでなかったり。
なんともいい加減な人だったんだ。
だけど、物理については天才だと思う。
そしてそれらを通して、吹奏楽部でもかなりの優秀な成績をおさめた。
そんな時、僕はこの学校に入学したんだ。そして、野球部を作った。」

しばらく無言でキャッチボールを続けていたが、再び空先輩が口を開く。
「兄貴が元々この学校のOBでな。噂では聞いていた。物理をとおして、音の奏で方、観客への聞こえ方なんかを生徒達に教えてたんだ。そこで私は思った。高校の吹奏楽部ではなく、もしそれが野球だったらとな。
吹奏楽部をバカにしているわけではない。ただ、高校野球というのは日本人が一度は見たことのあるくらい知名度が高い。それくらい注目を浴びれるものに西村先生の才能を使ったらどうなるか試したくなったんだ。」

空先輩の話を聞きながら僕は思う。先輩の注目を浴びることに対する執念のようなオーラを感じるのだ。
仁太もだっけな。この学校で偉業を成し遂げるとか言ってたよな。仁太は変なやつだから気にならなかったけど、もしかして皆そういうのを目指しているのだろうか。

「それで、どうして週1回の練習だけで野球しようとしたのでしょうか。西村先生が顧問に就くとわかったなら、毎日練習すればそれこそ甲子園に行けたと思うのですが。」
僕は空先輩に疑問を投げかける。真っ当な考えのつもりだ。

空先輩が答える。
「そうだろうな。ただし、私の目的は甲子園に出場することではない。
西村先生の野球がどこまで通用するか。試したかったんだ。
それも野球という知名度の高いもので。案の定、週1野球というのはすぐに注目を浴びるようになった。
地区大会の決勝戦まできた時にはかなりのインタビューだったんだ。
決勝では惜しくも敗れてしまったが、私の研究は成功したということだ。」

「一郎君、君は最短で甲子園に行くと言ったな。私はそこに興味がある。
効率よく野球に打ち込めば、ウチのような野球部強豪校でもなくとも十分だと私は思う。それにこの高校はそういうのにはうってつけの高校だと私は思う。
野球部を作るには、どうすれば良いかわかるか。
まずはメンバーを5人以上集めるんだ。
そうすると部活として認められる。検討を祈る。
まあ、玲子はマネージャーになる気満々だった。彼女は優秀だ。必ず役に立つ時が来るだろう。」


空先輩の言葉聞きながら僕は思う。きっとこの人は本当に社長になる人なんだな。
人を束ねて誘導することが上手そうだ。
かくいう僕も空先輩の激励に乗せられている。
まずは部員か。仁太と玲子さんと僕でまずは3人だから後3人か。
今はとにかく人数が欲しい。マネジャーだろうがなんだろうが。

僕らはしばらくキャッチボールを続けた。
そして続けていくうちに思う。そら先輩、コントロールはいいが、肩はそこまで強くない。たった18m程度のキャッチボールだが、これでは3振を取るのは厳しいな。
まあ、ポジションは知らないけど。。

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