大河ドラマ・乳房星(たらちねぼし)
【かもめの街】
(ザザーン、ザザーン、ザザーン、ザザーン…)
時は、7月25日の朝8時半頃であった、
ところ変わって、県道春野赤岡線沿いにある海岸にて…
私は、青く澄んだ海を見つめながらサントリー缶ビールをのんでいた。
夕べは、この付近にあるラブホで一泊した。
缶ビールをのみながら海を見つめている私は、考え事をしていた。
7月21日に長野市若穂保科《しんしゅうほしな》で会ったあの男の子は…
社会に出たら、さんざんな目に遭うと思う…
あの男の子は子どもキャンプのどう言った部分に不満があるのか知らないが、私の考えとしては男の子は甘えるだけ甘えていると思う。
帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい…
おかあさんに会いたいおかあさんに会いたいおかあさんに会いたいおかあさんに会いたい…
…………
あの男の子が言うた言葉は、ものすごくいらつくワ!!
……………
でもまてよ…
あの男の子…
もしかしたら…
家の人たちから…
どぎつい暴力を受けたかもしれない…
あの男の子は…
お母《かあ》かお父《とう》のどちらかがちがうと思う…
…………
けれど…
ほんとうのお母《かあ》を知りたいのであれば、戸籍抄本《ショウホン》か生まれた時の写真が整理されているアルバムを見せてもらえ…
ほんとうのお母《かあ》やお父《とう》が違っても、家族は家族だ…
………と言うことがあの男の子は分からない…
だからなおさら悪い!!
ああ!!
考えただけでもいらつくワ!!
………………
(トントン…)
「おい!!」
この時であった。
私のもとに黒のワイシャツと白ネクタイ・白スーツ姿の黒サングラス男が私のもとにやって来た。
黒サングラス男は、私にメモ用紙を渡したあと走り去った。
私は、メモ用紙をひらいてみた。
メモ用紙にはこう書かれていた。
ドナ姐《ねえ》はんの置屋にいた芸姑《やっこ》さんが大番頭《おおばんと》はんたちとマァマとドナ姐《ねえ》はんのことを知っている…
知りたいのであれば、金沢へ行け…
金沢…
金沢に行け…
どうしようか…
行こうか…
いや…
これはワナかもしれない…
溝端屋《みぞはたや》のダンナと二岡《ソウサイ》たちがグルになって…
私をワナにはめようとしている…
…………
でも…
なんか気になる…
やっぱり金沢へ行こう!!
(キュー…カキカキカキカキカキカキカキカキ…)
時は、午後3時過ぎであった。
またところ変わって、高知市介良甲《しないけらこう》の国道55号線にて…
私は、大きめのスケッチブックにゼブラハイマッキー(フェルトペン)の太文字で『KANNOURApt』(甲浦港)と書いたあとヒッチハイクを開始した。
甲浦港《かんのうらこう》(高知県東洋町)は、神戸行きのフェリーむろとが発着している港である。
神戸から金沢へ向かう道順については、あとで考えよう…
それから60分後であった。
私は、室戸方面へ向かうヒノレンジャーの特大ウイング(トラック)をヒッチハイクした。
私が乗り込んだトラックは、国道55号線を通って目的地へ向かった。
トラックは、夜8時50分頃に室津港《ぎょこう》に到着した。
ショルダーバッグを持ってトラックから降りた私は、国道55号線沿いを歩いて甲浦港《かんのうらこう》へ向かった。
時計のはりは、夜9時2分をさしていた。
この日は、国道沿いにあるラブホで一泊した。
7月26日の朝9時頃であった。
私は、徳島方面へ向かう自動車をヒッチハイクするために国道沿いにいた。
それから40分後であった。
私は、海部《かいふ》へ向かう予定の5トンのユニックに乗せていただいたあと旅に出た。
5トンのユニックは、60分後に佐喜浜《さきはま》の漁港に到着した。
ショルダーバッグを持ってユニックから降りた私は、近くにある漁協の支所へ向かった。
入り口の付近の日陰にある自販機横のベンチでひと休みすることにした。
ベンチに座った私は、ショルダーバッグの中から昭文社の四国地方の道路地図とセーラー万年筆を取り出したあと所定のページをひらいた。
まず、今現在いる場所に印をつけたあと現在地から甲浦港《かんのうらこう》までの道順を調べた。
ここから甲浦港《みなと》までは…
50キロ以上ある…
今日中にたどり着くことができるか…
できたら…
今日中にフェリーむろとに乗って神戸へ行きたい…
間に合うかな…
(ブロロロロロロロロロロロロロロ…)
それからまた80分後であった。
私は、海部方面へ行くマツダタイタンの2トンのダンプカーをヒッチハイクしたあと旅に出た。
ダンプカーは、出発してから70分後に甲浦港《みなと》から1キロ離れた地点に到着した。
ショルダーバッグを持ってダンプカーから降りた私は、歩いて甲浦港《みなと》へ向かった。
(ボーッ…)
夜9時50分頃であった。
私が乗り込んだフェリーむろとが甲浦港《みなと》から出航した。
翌朝(7月27日の)朝6時40分頃にフェリーが神戸フェリーセンター(神戸市東灘区)に到着した。
ショルダーバッグを持ってフェリーから降りた私は、国道43号線へ歩いて向かった。
(キュー、カキカキカキカキカキカキ…)
ところ変わって、阪神高速3号神戸線の深江ランプ付近にて…
私は、大きめのスケッチブックに『KANAZAWA』(金沢)と書いたあとヒッチハイクを始めた。
それから80分後であった。
名古屋方面に向かうニッサンディーゼルの特大ウイングをヒッチハイクした私は、トラックに乗せていただいたあと旅に出た。
トラックは、国道43〜26〜25から1号線を通って目的地に向かった。
トラックは、夕方6時半頃に国電米原駅に到着した。
ショルダーバッグを持ってトラックから降りた私は、歩いて駅に向かった。
夜7時過ぎであった。
私は、駅構内にある立ち食いうどん屋で一杯500円の肉うどんを食べた。
(ブロロロロ…)
それからまた3時間後であった。
私は、福井方面へ向かういすゞの特大ウイングをヒッチハイクしたあと再び旅に出た。
トラックは、7月28日の深夜3時半頃に福井市内の国道8号線沿いにあるドライブインに到着した。
ショルダーバッグを持ってトラックから降りた私は、歩いて福井市の中心地へ向かった。
国電福井駅に着いたあと、新潟方面へ行く特急列車に乗る予定である。
早くしないと…
時間がない…
時は、7月25日の朝8時半頃であった、
ところ変わって、県道春野赤岡線沿いにある海岸にて…
私は、青く澄んだ海を見つめながらサントリー缶ビールをのんでいた。
夕べは、この付近にあるラブホで一泊した。
缶ビールをのみながら海を見つめている私は、考え事をしていた。
7月21日に長野市若穂保科《しんしゅうほしな》で会ったあの男の子は…
社会に出たら、さんざんな目に遭うと思う…
あの男の子は子どもキャンプのどう言った部分に不満があるのか知らないが、私の考えとしては男の子は甘えるだけ甘えていると思う。
帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい…
おかあさんに会いたいおかあさんに会いたいおかあさんに会いたいおかあさんに会いたい…
…………
あの男の子が言うた言葉は、ものすごくいらつくワ!!
……………
でもまてよ…
あの男の子…
もしかしたら…
家の人たちから…
どぎつい暴力を受けたかもしれない…
あの男の子は…
お母《かあ》かお父《とう》のどちらかがちがうと思う…
…………
けれど…
ほんとうのお母《かあ》を知りたいのであれば、戸籍抄本《ショウホン》か生まれた時の写真が整理されているアルバムを見せてもらえ…
ほんとうのお母《かあ》やお父《とう》が違っても、家族は家族だ…
………と言うことがあの男の子は分からない…
だからなおさら悪い!!
ああ!!
考えただけでもいらつくワ!!
………………
(トントン…)
「おい!!」
この時であった。
私のもとに黒のワイシャツと白ネクタイ・白スーツ姿の黒サングラス男が私のもとにやって来た。
黒サングラス男は、私にメモ用紙を渡したあと走り去った。
私は、メモ用紙をひらいてみた。
メモ用紙にはこう書かれていた。
ドナ姐《ねえ》はんの置屋にいた芸姑《やっこ》さんが大番頭《おおばんと》はんたちとマァマとドナ姐《ねえ》はんのことを知っている…
知りたいのであれば、金沢へ行け…
金沢…
金沢に行け…
どうしようか…
行こうか…
いや…
これはワナかもしれない…
溝端屋《みぞはたや》のダンナと二岡《ソウサイ》たちがグルになって…
私をワナにはめようとしている…
…………
でも…
なんか気になる…
やっぱり金沢へ行こう!!
(キュー…カキカキカキカキカキカキカキカキ…)
時は、午後3時過ぎであった。
またところ変わって、高知市介良甲《しないけらこう》の国道55号線にて…
私は、大きめのスケッチブックにゼブラハイマッキー(フェルトペン)の太文字で『KANNOURApt』(甲浦港)と書いたあとヒッチハイクを開始した。
甲浦港《かんのうらこう》(高知県東洋町)は、神戸行きのフェリーむろとが発着している港である。
神戸から金沢へ向かう道順については、あとで考えよう…
それから60分後であった。
私は、室戸方面へ向かうヒノレンジャーの特大ウイング(トラック)をヒッチハイクした。
私が乗り込んだトラックは、国道55号線を通って目的地へ向かった。
トラックは、夜8時50分頃に室津港《ぎょこう》に到着した。
ショルダーバッグを持ってトラックから降りた私は、国道55号線沿いを歩いて甲浦港《かんのうらこう》へ向かった。
時計のはりは、夜9時2分をさしていた。
この日は、国道沿いにあるラブホで一泊した。
7月26日の朝9時頃であった。
私は、徳島方面へ向かう自動車をヒッチハイクするために国道沿いにいた。
それから40分後であった。
私は、海部《かいふ》へ向かう予定の5トンのユニックに乗せていただいたあと旅に出た。
5トンのユニックは、60分後に佐喜浜《さきはま》の漁港に到着した。
ショルダーバッグを持ってユニックから降りた私は、近くにある漁協の支所へ向かった。
入り口の付近の日陰にある自販機横のベンチでひと休みすることにした。
ベンチに座った私は、ショルダーバッグの中から昭文社の四国地方の道路地図とセーラー万年筆を取り出したあと所定のページをひらいた。
まず、今現在いる場所に印をつけたあと現在地から甲浦港《かんのうらこう》までの道順を調べた。
ここから甲浦港《みなと》までは…
50キロ以上ある…
今日中にたどり着くことができるか…
できたら…
今日中にフェリーむろとに乗って神戸へ行きたい…
間に合うかな…
(ブロロロロロロロロロロロロロロ…)
それからまた80分後であった。
私は、海部方面へ行くマツダタイタンの2トンのダンプカーをヒッチハイクしたあと旅に出た。
ダンプカーは、出発してから70分後に甲浦港《みなと》から1キロ離れた地点に到着した。
ショルダーバッグを持ってダンプカーから降りた私は、歩いて甲浦港《みなと》へ向かった。
(ボーッ…)
夜9時50分頃であった。
私が乗り込んだフェリーむろとが甲浦港《みなと》から出航した。
翌朝(7月27日の)朝6時40分頃にフェリーが神戸フェリーセンター(神戸市東灘区)に到着した。
ショルダーバッグを持ってフェリーから降りた私は、国道43号線へ歩いて向かった。
(キュー、カキカキカキカキカキカキ…)
ところ変わって、阪神高速3号神戸線の深江ランプ付近にて…
私は、大きめのスケッチブックに『KANAZAWA』(金沢)と書いたあとヒッチハイクを始めた。
それから80分後であった。
名古屋方面に向かうニッサンディーゼルの特大ウイングをヒッチハイクした私は、トラックに乗せていただいたあと旅に出た。
トラックは、国道43〜26〜25から1号線を通って目的地に向かった。
トラックは、夕方6時半頃に国電米原駅に到着した。
ショルダーバッグを持ってトラックから降りた私は、歩いて駅に向かった。
夜7時過ぎであった。
私は、駅構内にある立ち食いうどん屋で一杯500円の肉うどんを食べた。
(ブロロロロ…)
それからまた3時間後であった。
私は、福井方面へ向かういすゞの特大ウイングをヒッチハイクしたあと再び旅に出た。
トラックは、7月28日の深夜3時半頃に福井市内の国道8号線沿いにあるドライブインに到着した。
ショルダーバッグを持ってトラックから降りた私は、歩いて福井市の中心地へ向かった。
国電福井駅に着いたあと、新潟方面へ行く特急列車に乗る予定である。
早くしないと…
時間がない…