大河ドラマ・乳房星(たらちねぼし)

【異邦人・その2】

時は、フランス時間5月8日の午前10時頃であった。

イワマツグループのA班のメンバーたち17人が乗っている専用機がニースの国際空港に到着した。

それから80分後に、貸し切りの小型機に乗り換えてロンドンのルトン空港へ向かった。

ルトン空港に到着した後、A班のメンバーたちは乗り継ぎ専用のロビーで休憩を取った。

それから120分後であった。

A班のメンバーたちは、乗り継ぎの小型機に乗ってエディンバラの国際空港へ向かった。

5月13日からは、スコットランドでお仕事に取り組む予定である。

5月13日の朝10時過ぎであった

ところ変わって、エディンバラのニュータウン・クイーンズストリートにある関連会社のオフィスビルの中にある私の個室にて…

(ジー…パチパチパチ…)

私は、そろばんを使って帳簿のつけ間違いの有無を確認した。

夕方5時過ぎであった。

クイーンズストリートガーデンズの敷地にある水銀灯にポツポツと灯りが灯り出した。

それと同時に、通りの飲食店の灯りがポツポツと灯った。

通りを歩いている若いカップルさんたちや女の子同士のグループたちが、お目当てのお店へと向かっていた。

私は、バリスタで挽いたコーヒーをのみながら休憩をしていた。

明日は、外回りのお仕事がたくさんある。

休憩を終えたあと、私は明日の準備を始めた。

5月14日から18日までの間は、グラスコー~アバディーン~ウィック~インヴァネスと外回り営業のお仕事に出た。

5月18日の夕方に、スコットランドでのお仕事の予定が終了した。

A班のメンバーたちは、その日のうちに専用機に乗ってカザフスタンへ向かった。

5月21日からは、カザフスタン本社でお仕事に取り組む予定である。

ところ変わって、アスタナ中心部のミラソヤン通りにあるカザフスタン本社のオフィスビルの中にある私の個室にて…

(ジー…パチパチパチ…)

私は、そろばんを使って帳簿のチェックをした。

午後3時過ぎであった。

私は、仕事が一息ついたのでアスタナのシンボルタワー・バイテレクへ行った。

バイテレクは、1997年にアスタナがカザフスタンの新しい首都になった記念に完成した地上105メートルのシンボルタワーである。

タワーの形は、東京スカイツリーとよくにていた。

展望台にいる私は、碁盤目状の中心部の風景を見つめた。

街の中心部にイシム川が流れていた…

中央公園が整備されている近代都市アスタナは、札幌や京都の都市《まち》の風景とよく似ていた。

私は、アスタナの中心部の風景をながめながらいろんなことを考えた。

5月22日から28日までの間は、アクトへ~アティウラ~ベイネク~クズルオルダ~トルキスタン~アクトガイと外回り営業に出た。

5月28日に、カザフスタン本社の予定が終わった。

A班のメンバーたちは、専用機に乗ってモンゴル・ウランバートルチンギスハーン国際空港へ向かった。

アスタナを出発してから30分後に、専用機はセメイ(セミパラチンスク)の上空を飛行していた。

そこは、旧ソ連時代に使用された核兵器の実験場であった。

専用機の窓からおぞましい風景を見た私は、1986年に発生したあの恐ろしい原発事故が発生した時のことを思い出した。

かつて、原発需要《げんぱつ》でにぎわった都市《プリピャチ》は、今は森林と化していた。

あの悲惨な原発事故を思い出すたびに、胸がひどく痛む…

5月29日の午後3時過ぎに、A班のメンバーたちが乗っている専用機がモンゴル・ウランバートルチンギスハーン国際空港に到着した。

A班のメンバーたちは、専用機を降りたあと空港からダブルデッカーのバスに乗って、モンゴル本社へ向かった。

5月30日からは、モンゴル本社でお仕事に取り組む予定である。

ところ変わって、モンゴル本社のオフィスビルの私の個室にて…

(ジー…パチパチパチ…)

私は、そろばんを使って帳簿のチェックをした。

夕方5時半過ぎに、窓の外に写っているチンギスハーン広場に建っているチンギスハーン像がライトアップされた。

それと同時に、建物に灯りがポツポツと灯り始めた。

私は、個室の窓に写るウランバートルの中心部の風景をながめながらバリスタで挽いたコーヒーをのんでいた。

5月31日から6月9日までの間は、ウブルハンガイ県~ドンドゴビ県~ゴビスンベル県~ヘンティ県~ハヤンホンゴル県~ゴビアルタイ県の各地を回って外回り営業のお仕事に出た。

10日は、休暇を取ってみんなで西モンゴルのハラホリンへ行った。

ところ変わって、世界遺産に登録されているエルデニ・ソー寺院にて…

私たちは、ゆっくりとした足取りで寺院の境内を散策した。

私は、灰色の曇におおわれた空を見上げながらつぶやいた。

恋人の温もりがほしい…

だけど…

スケジュールがたくさんあるので…

休みが1日もない…

どうしようかな…

6月11日であった。

A班のメンバーたちは、ウランバートルチンギスハーン国際空港から専用機に乗ってサンクトペテルブルクプールゴヴォ国際空港へ向かった。

サンクトペテルブルクプールゴヴォ国際空港には12日の朝6時半過ぎに到着した。

A班のメンバーたちは、専用機を降りたあと空港からダブルデッカーのバスに乗ってサンクトペテルブルクの中央駅へ向かった。

このあと、サンクトペテルブルクの中央駅から国際列車に乗って、ヘルシンキへ向かう予定である。

サンクトペテルブルクの中央駅に到着した後、A班のメンバーたちはすぐに国際列車に乗り込んだ。

午前10時半過ぎであった。

A班のメンバーたちが乗り込んだ国際列車がサンクトペテルブルクの中央駅を出発してヘルシンキへ向けて走り出した。

深夜11時半過ぎに、国際列車はヘルシンキの中央駅に到着した。

列車を降りたあと、ヘルシンキの中央駅からダブルデッカーのバスに乗って港へ向かった。

港に到着した後、ホバークラフトに乗り換えてストックホルムへ向かう予定である。

6月15日からは、北欧本社でお仕事に取り組む予定である。

6月15日のことであった。

ところ変わって、ストックホルム中央駅の近くにある北欧本社のオフィスビルの中にある個室にて…

(ジー…パチパチパチ…)

私は、そろばんを使って帳簿のチェックに取り組んでいた。

16日は、休暇を取った。

メンバーたちは、ガムラ・スタン(ストックホルム発祥の地)へ行って、街並み散策をした。

リッダーホルム教会~大聖堂~ドイツ教会~モーデントローツィグ・グレン通り~ヴェステルロングガータン通り~大広場とめぐる観光コースをゆっくりとした足取りでめぐった。

午後3時頃、大広場の近くにあるカフェテリアに行って、コーヒーをのんで過ごした。

17日から30日の間は、スウェーデン・フィンランド・ノルウェー・デンマークの各地へ行って、外回り営業のお仕事に出た。

7月1日からはアイルランド国内でお仕事に取り組んだ。

ところ変わって、首都ダブリンの中心部・テンプルバーのグレートストランドストリートにある関連会社のオフィスビルにて…

私は、専用の個室でお仕事に取り組んでいた。

(ジーッ…パチパチパチパチ…パチパチパチパチ…パチパチパチパチ…)

私は、そろばんを使って記載されている帳簿に間違いがないかどうかを調べていた。

2日からの予定は、ティペテリー県・ウォーターフォード県・リムリック県・オファリー県・キルデア県・カーロウ県の各地で外回りの営業である。

最終日の7月24日は、キャヴァン県内にある取引先の会社へ行って、鉱山の採掘権の契約の更新の手続きなどの商談をした。

7月25日正午にスケジュール帳通りの予定が終了した。
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