大河ドラマ・乳房星(たらちねぼし)

【白い冬】

(ウーウーウーウーウーウーウーウーウーウーウーウーウーウーウーウーウーウーウーウーウーウーウーウー!!カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン!!ドカーン!!ドカーン!!ドカーン!!)

時は、4月2日の明け方5時半頃であった。

今治市中心地に大規模な爆発音と消防車のサイレン音とハンショウの音が響いた。

3月31日に発生した爆弾テロ事件で街は壊滅的な被害を受けた。

泉川と浅川にもう毒な液体が流れた…

流域にあった染色工場が次々と爆破された…

中心部にある3つの小学校と2つの中学校と2つの私立高校と矢田にある短大の校舎が大破した…

南宝来町にある中央公民館の建物に貼り付けてあったタイルが爆風によってはがれた…

吹き飛ばされたタイルで人的な被害が多く出た…

爆発・爆風などで、多くの市民が死傷した…

爆発・爆風などで、多くの建物が破壊された…

国鉄予讃本線は、浅海駅《あさなみ》(旧北条市)〜伊予三芳駅《いよみよし》(旧東予市)の間で普通列車の折り返し運転が行われていた。

特急・急行は、松山駅と伊予西条駅の間で折り返し運転を続けていた。

安全を確保するために、伊予三芳駅《いよみよし》〜伊予西条駅の間と浅海駅《あさなみ》と松山駅の間で徐行運転の措置を取った。

線路上に停まった貨物列車が激しく燃えていた…で復旧のめどがたたなくなった…

国道196号線と317号線は、今治市内に通じる区間が通行止めになった…

今治桟橋を発着する旅客船は全便欠航した…

関西と九州を結ぶ阪九フェリーと名門大洋フェリーも欠航した…

関西汽船も四国を経由して別府へ行く便と大阪別府直行便と宮崎・志布志《しぶし》へ行く便も欠航した…

神戸と愛媛を結ぶほわいとさんぽうとフェリー奥道後も欠航した…

貨物船《タンカー》は、四国沖の太平洋をうかいするルートに変更した…

………物流網《ぶつりゅう》に多大な影響が生じた。

大規模な停電が今も続いているので、電気が使えない…

都市ガスも使えない…

水道も断水した…

電電公社の固定電話も通じなくなった…

市内の小学校・中学校・県立高校と矢田にある短大は当分のあいだ臨時休校になった…

今治市内《しない》のいたるところで感染症が発生した…

…などの二次災害が多発した。

大規模な爆発は、今もなお続いた。

テレビラジオは、日本全国のテレビラジオの放送は自動放送モードに設定されていたので通常通りの番組が放送できなくなった。

日本全国の新聞も、紙面が4ページだけの形で発行された。

…で、日本《このくに》じたいが存立危機におちいった。

そんな中であった。

22歳くらいの女性がふらついた足取りで街にやって来た。

ところ変わって、南宝来町にある中央公民館の前にて…

近くにある小学校がこっぱみじんに破壊された…

その付近の通りにたっている木々が爆風によって道路に倒れていたので、道路が通れなくなった。

倒れなかった木々は、激しい炎によって焼かれた…

中央公民館の建物についていたタイルは、爆風によってはがれた…

はがれたタイルで直撃を食らったおおぜいの人たちの遺体がさんらんしていた。

この時、22歳の女性が通りかかった。

30人の消防士たちが爆風によってはがれたタイルの回収と人命救助が行われていた。

この時であった。

消防士のひとりが叫び声をあげた。

「おーいたいへんだ!!」
「どうした!?」
「小学3年生くらいの男の子が倒れていたぞ!!」
「なんだって!!」

それを聞いた女性は『一輝《かずき》!!』と言いながら走り出した。

一輝《かずき》…

もしかして…

あの時、長野県《シンシュウ》で会った男の子か!?

………

その女性は、男の子のほんとうの母親なのか?

ところ変わって、公民館の北寄りの通路付近にて…

女性は『一輝《かずき》!!』と叫びながら倒れている男の子のもとへ行こうとした。

しかし、女性は20人の消防士たちによって止められた。

「だめです!!」
「離れてください!!」
「離して!!あの子は、アタシの子どもです!!」
「離れてください!!」
「遺体に爆弾が巻き付けられていますよ!!」
「離して!!」

女性は、消防士たちによってひっぱられたあと建物の反対側へタイヒした。

それから10分後であった。

公民館の正面玄関にて…

(ドカーン!!)

建物の北寄りの方で爆発音が聞こえた。

男の子の身体に巻きつけられた爆弾が爆発した。

女性は、激しい声で『一輝《かずき》!!』と叫んだ。

(ドカーン!!ドカーン!!ドカーン!!)

この時、今治市内《しない》にある複数の箇所《かしょ》で再び爆発が発生した。

時は、4月2日の夕方4時頃であった。

女性は、ふらついた足取りで南堀通りから御厩通《おんまやどおり》に出た。

通りには、被災した住民たちがたくさんいた。

家財道具をたくさん積んでいる大八車をひいている男性たち…

大型のスーツケースを持って逃げ出した人たち…

…………

被災した住民たちは、途方にくれた表情を浮かべながら南へ向かって歩いていた。

通りにいた警察官たちは、拡声機を使って『城東橋を渡ったあとそのまま産業道路を通って郊外へでてください…』と呼びかけた。

悲しげな表情を浮かべていた女性は、ひとことも言わずに城東橋へ歩いて向かった。

時は、夕方6時50分頃であった。

女性は、やっとの思いで唐子浜パークに到着した。

駐車場に白いテントがたくさん立ち並んでいた。

白いテントは、被災した人たちのために設けられたエイドステーションであった。

エイドステーションには、国鉄・路線バス・今治桟橋を発着する旅客船の運行情報・今治市とその周辺地域の道路交通情報・電気ガス水道と学校などのライフライン情報の掲示板が設けられていた。

エイドステーションには、市役所と愛媛県の地方局の職員たちと今治市内の救急指定病院の医師看護婦さんたち合わせて1000から2000人が常駐していた。

市役所の職員が避難してきた人たちに飲料水の提供するなどのサービスをしていた。

医師たちが体調不良を訴えている人たちに簡単な診察をしていた。

女性は、エイドステーションで飲料水を受け取ったあと被災した住民たちと一緒に歩き出した。

この時、白い雪がたくさん降り出した。

女性は、白い雪がふる中をふらついた足取りで歩きながらつぶやいた。

行くところもない…

帰る場所もない…

これからどうすればいいのか…

分からない…
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