大河ドラマ・乳房星(たらちねぼし)

【かあさんの歌】

(ボーッ、ボーッ、ボーッ…)

時は、朝6時過ぎであった。

私は、佐賀関港でトラックを降りたあと国道九四フェリーに乗って三崎港へ向かった。

船室《キャビン》の中にて…

私は、ショルダーバッグの中からスーパーマップル(昭文社)の四国地方の道路地図とセーラー万年筆を取り出したあと索引図をひらいて自分のいる地域を調べた。

その後、指定されたページをひらいた。

私は、三崎港でフェリーを降りたあと松山方面へ向かうルートを調べた。

トラックをヒッチハイクするか…

それとも、八幡浜駅までバスで行くか…

………………

あれこれと考えた結果、三崎港から八幡浜駅までバスに乗って行くことを決めた。

………………

(ブロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ…)

時は、朝8時半頃であった。

三崎港でフェリーを降りた私は、いよてつ南予バスに乗り継いで再び旅に出た。

バスは、国道197号線を通って八幡浜方面へ向かった。

私は、ぼんやりとした表情で伊予灘《うみ》を見つめながら考え事をしていた。

ママ…

ママ…

私の大好きなママは…

どこにいるのか…

おさない時に恋した…

やさしいママに…

会いたい…

極爆乳《おおきすぎるおっぱい》に…

もう一度甘えたい…

…………

時は、午後1時25分頃であった。

またところ変わって、国鉄八幡浜駅の待合室にて…

ベンチに座っている私は、キオスク(売店)で購入したサンドイッチと紙パックのらくれん牛乳でランチを摂りながらテレビを見ていた。

待合室に設置されている赤の14型の三菱カラーテレビの画面にテレビ愛媛が映っていた。

この時間は『ライオン奥さま劇場』が放送されていた。

テレビの画面に全裸《はだか》になっている男がヒロインに激しいキスをかわしながら衣服を脱がしている様子が映っていた。

ドラマのヒロインは、激しい声をあげながら男に愛を求めた。

ヒロインが着ていた最後の1枚を男が荒々しく脱がしている様子がアップで見えた。

「ああああああああああああああああああ!!」

ヒロインが激しい叫び声をあげた…

それから10秒後にブルーバッグの画面に変わった。

画面の右下に『つづく』と書かれていた。

…………………

テレビを見ていた私は、しらけた表情を浮かべながらつぶやいた。

性と愛は…

ひとに見せるものじゃないのだよ…

それなのに…

………………

(日本の)テレビ(業界)は…

なにを考えているのだ…

…………………

(ピーッ、ゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトン…ゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトン…)

時は、午後2時頃であった。

私は、八幡浜駅から各駅停車《どんこう》に乗って再び旅に出た。

列車は、伊予大洲駅《おおず》から海回り線を通って松山方面へ向かった。

窓辺の席に座っている私は、キオスクで購入したじゃこ天を肴《さかな》にワンカップ大関をのみながら伊予灘《うみ》をながめていた。

列車が伊予上灘駅に到着した。

この時、プラットホームにちいさいお子さまを連れていた20〜30代前半の若い女性たちが4組いた。

母子《おやこ》たちは、近くにあるシーサイド双海(海浜公園)で海水浴をしていたと思う。

母子《おやこ》たちが列車に乗り込んだあと、列車がゆっくりと走り出した。

(ゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトン…ゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトン…)

列車は、伊予灘《うみ》ぞいの線路を走っていた。

私は、お酒をのみながら伊予灘《うみ》を見つめていた。

この時、私が座っている席から少し離れた席でちいさいお子さまが女性に甘えていた様子が見えた。

ちいさいお子さまは、女性が着ている白のTシャツの上から極爆乳《おおきすぎるおっぱい》に甘えていた。

「よしよし…よしよし…」

やさしい表情を浮かべている女性は、Tシャツの下の丈をあげた。

Tシャツの中から、赤色の細いストラップの三角スイムブラがあらわになった。

ちいさいお子さまが女性が着ているスイムブラをめくった。

ブラの中からGカップの極爆乳《おおきすぎるおっぱい》があらわになった。

ちいさいお子さまは、満面の表情で極爆乳《おちち》を吸っていた。

…………………

せつない表情を浮かべていた私は、伊予灘《うみ》を見つめながらつぶやいた。

ママに会いたい…

ママに会いたい…

……………………

時は、夜7時50分頃であった。

またところ変わって、松山市中心部・大街道のアーケード通りの裏の露地にある鍋焼きうどん屋にて…

店内にいる私は、1食500円の鍋焼きうどんを食べながらテレビを見ていた。

店に設置されている18型のロータリーチャンネルのナショナルクイントリックスの画面に南海放送テレビが映っていた。

この時間は、『それは秘密です』が放送されていた。

テレビの画面に涙のご対面のコーナーが映っていた。

終戦直後に生き別れになったおやこ…

実の親またはきょうだいに会いたい…

……………………

…でこの番組に出演した人は、どんな気持ちにおかれているだろうか?

テレビの画面には、満州から本土へ引き揚げる途中で行方不明になった母親と再会をのぞんでいる50歳の女性さまが映っていた。

司会の桂小金治さんが女性さまの生い立ちなどをひと通り説明したあと、女性さまに対して『いまのお気持ちはどうですか?』とやさしく声をかけた。

それから数分後であった。

桂小金治さんが『おかあさまどうぞ〜』と言うたあと、童謡『かあさんの歌』が流れた。

同時に、片方の扉がひらいた。

扉の中から生き別れになったおかあさまが登場した。

女性さまとおかあさまは、抱き合った状態でワーワーと泣いた。

テレビをみていた私は『うううううううううう…』と泣いた。

………………………

(ボーッ、ボーッ、ボーッ…)

時は、深夜11時半頃であった。

私は、三津浜港《みつはま》から柳井港《やない》へ向かう防予汽船のフェリーに乗って再び旅に出た。

船室《キャビン》にいる私は、(カセットテープの)ソニーウォークマンで歌を聴いていた。

イヤホンからダークダックスのアルバムに収録されている日本の唱歌がたくさん流れていた。

この時、曲は『かあさんの歌』に変わった。

大街道の鍋焼きうどん屋のテレビでみた『それは秘密です』の涙のご対面のコーナーをまた思い出した。

私は、声を震わせながら泣いた。

「うううううううううううううううううううううううううううううう…悲しい…悲しい…うううううううううううううううううううううううううううううううううう…」

……………………

私は、柳井港《やない》に着くまでのあいだ泣きまくった。

………………………
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