大河ドラマ・乳房星(たらちねぼし)
【かあさんは心のお守り】
(ブロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ…)
時は、8月5日の深夜2時過ぎであった。
私は、柳井港でフェリーを降りたあとヒッチハイクした長距離トラックに乗って再び旅に出た。
トラックは、明け方5時半頃に東広島市の中心部に到着した。
ショルダーバッグを持ってトラックから降りた私は、運転手《うんちゃん》にお礼を述べたあと再び旅に出た。
朝7時45分頃であった。
ところ変わって、国鉄西条駅のすぐ近くにあるごはん屋にて…
私は、ブリの照り焼き定食で朝食を摂っていた。
店に設置されている18型の東芝カラーテレビの画面に広島テレビが映っていた。
この時間は『ズームイン朝』(朝のワイド番組)が映っていた。
テレビの画面に『ウィッキーさんの英会話』のコーナーが映っていた。
朝ごはんを食べている私は、ウィッキーさんの英会話よりもきょう1日のことで頭がいっぱいになっていた。
大急ぎで大番頭《おおばんと》はんたちを見つけないと…
あれがないと仕事ができない…
あれがなかったら…
私の人生は…
終わりだ…
…………………
時は、午前10時過ぎであった。
またところ変わって、西条本町の酒蔵とおりにて…
ショルダーバッグを持って歩いている私は、ゆったりとした足取りで酒蔵とおりを散策した。
ゆったりとした足取りでとおりを歩いている私は、なにをおもいながら街並みを散策していたのか…
……………………
時は、午後1時頃であった。
またところ変わって、国電西条駅のプラットホームにて…
私は、プラットホームの中にあるキオスク(売店)で千福(日本酒)のワンカップ2本とカネテツのちくわとごぼ天を購入した。
「ああ、700円ね…ちょっと待ってね〜」
私は、財布の中から(伊藤博文の肖像画入りの)1000円札1枚を取り出したあとキオスクのねーちゃんに渡した。
「これでお釣りちょうだい。」
「かしこまりました。」
私は、キオスクのロゴ入りのレジ袋に入っている千福(お酒)とちくわとごぼ天を受け取ったあとキオスクのねーちゃんに対してあることをたずねてみた。
「ねえちゃん。」
「はい。」
「ねえちゃんは、何年に生まれたの?」
「うちは、昭和34年の生まれです。」
「昭和34年の生まれだね…ねえちゃんがガッコーにいた時に平和学習の授業を受けたよね。」
「はい…うちは、広島市の小学校に通っていました。」
「それなら話は早いね…ねーちゃん、おいちゃんはある人物を探しているのだよ〜」
「ある人物ってどなたですか?」
「えーとね…昭和20年8月6日のあの日のことは学んだよね。」
「はい。」
「そのなんて言うか…ものすごく恐ろしい黒煙は…ここ(西条)からも見えた…よね。」
「見えました。」
「おいちゃんは、恐ろしい黒煙が発生した時間帯にここにいたある人物を探しているのだよ〜」
「えっ?それはどなたでしょうか?」
「ちょっと待って…」
私は、ショルダーバッグの中に入っていたパスケースを取り出したあとパスケースに入っている白黒写真を見せた。
白黒写真に映っていたのは、当時19歳だったママが映っていた。
白黒写真を見たキオスクのねーちゃんは、私に言うた。
「この方はたしか…シカヌマと言う女性の知り合いです。」
「シカヌマさん?」
「ええ…たしか、終戦当時は40代でした。」
私は、パスケースをショルダーバッグにしまったあとキオスクのねーちゃんに言うた。
「おいちゃんはシカヌマさんと言う女性を探しているのだよ…その…シカヌマさんのことをご存知の方はこちらにいらっしゃいますか?」
「はい…たしか…終戦当時19歳だった男性さまがシカヌマさんを知っているのです…その男性さまが昭和20年8月6日のあの時間帯に西条駅《ここ》にいたのです。」
「分かりました…その方は、いまどちらにいらっしゃるのですか?」
「たしか…三次市《みよし》の方で暮らしているとおもいます。」
「ありがとう…すぐに三次市《みよし》へ行くね。」
それじゃあ。」
(ピーッ、ゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトン…ゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトン…)
それからまた30分後であった。
私は、国電山陽本線《さんようせん》の上り電車と福塩線の各駅停車《どんこう》を乗り継いで三次市《みよし》へ向かった。
三次市《みよし》に行けば、なんらかの情報が得られるかもしれない…
急がなきゃ…
…………………………
時は、8月5日の深夜2時過ぎであった。
私は、柳井港でフェリーを降りたあとヒッチハイクした長距離トラックに乗って再び旅に出た。
トラックは、明け方5時半頃に東広島市の中心部に到着した。
ショルダーバッグを持ってトラックから降りた私は、運転手《うんちゃん》にお礼を述べたあと再び旅に出た。
朝7時45分頃であった。
ところ変わって、国鉄西条駅のすぐ近くにあるごはん屋にて…
私は、ブリの照り焼き定食で朝食を摂っていた。
店に設置されている18型の東芝カラーテレビの画面に広島テレビが映っていた。
この時間は『ズームイン朝』(朝のワイド番組)が映っていた。
テレビの画面に『ウィッキーさんの英会話』のコーナーが映っていた。
朝ごはんを食べている私は、ウィッキーさんの英会話よりもきょう1日のことで頭がいっぱいになっていた。
大急ぎで大番頭《おおばんと》はんたちを見つけないと…
あれがないと仕事ができない…
あれがなかったら…
私の人生は…
終わりだ…
…………………
時は、午前10時過ぎであった。
またところ変わって、西条本町の酒蔵とおりにて…
ショルダーバッグを持って歩いている私は、ゆったりとした足取りで酒蔵とおりを散策した。
ゆったりとした足取りでとおりを歩いている私は、なにをおもいながら街並みを散策していたのか…
……………………
時は、午後1時頃であった。
またところ変わって、国電西条駅のプラットホームにて…
私は、プラットホームの中にあるキオスク(売店)で千福(日本酒)のワンカップ2本とカネテツのちくわとごぼ天を購入した。
「ああ、700円ね…ちょっと待ってね〜」
私は、財布の中から(伊藤博文の肖像画入りの)1000円札1枚を取り出したあとキオスクのねーちゃんに渡した。
「これでお釣りちょうだい。」
「かしこまりました。」
私は、キオスクのロゴ入りのレジ袋に入っている千福(お酒)とちくわとごぼ天を受け取ったあとキオスクのねーちゃんに対してあることをたずねてみた。
「ねえちゃん。」
「はい。」
「ねえちゃんは、何年に生まれたの?」
「うちは、昭和34年の生まれです。」
「昭和34年の生まれだね…ねえちゃんがガッコーにいた時に平和学習の授業を受けたよね。」
「はい…うちは、広島市の小学校に通っていました。」
「それなら話は早いね…ねーちゃん、おいちゃんはある人物を探しているのだよ〜」
「ある人物ってどなたですか?」
「えーとね…昭和20年8月6日のあの日のことは学んだよね。」
「はい。」
「そのなんて言うか…ものすごく恐ろしい黒煙は…ここ(西条)からも見えた…よね。」
「見えました。」
「おいちゃんは、恐ろしい黒煙が発生した時間帯にここにいたある人物を探しているのだよ〜」
「えっ?それはどなたでしょうか?」
「ちょっと待って…」
私は、ショルダーバッグの中に入っていたパスケースを取り出したあとパスケースに入っている白黒写真を見せた。
白黒写真に映っていたのは、当時19歳だったママが映っていた。
白黒写真を見たキオスクのねーちゃんは、私に言うた。
「この方はたしか…シカヌマと言う女性の知り合いです。」
「シカヌマさん?」
「ええ…たしか、終戦当時は40代でした。」
私は、パスケースをショルダーバッグにしまったあとキオスクのねーちゃんに言うた。
「おいちゃんはシカヌマさんと言う女性を探しているのだよ…その…シカヌマさんのことをご存知の方はこちらにいらっしゃいますか?」
「はい…たしか…終戦当時19歳だった男性さまがシカヌマさんを知っているのです…その男性さまが昭和20年8月6日のあの時間帯に西条駅《ここ》にいたのです。」
「分かりました…その方は、いまどちらにいらっしゃるのですか?」
「たしか…三次市《みよし》の方で暮らしているとおもいます。」
「ありがとう…すぐに三次市《みよし》へ行くね。」
それじゃあ。」
(ピーッ、ゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトン…ゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトン…)
それからまた30分後であった。
私は、国電山陽本線《さんようせん》の上り電車と福塩線の各駅停車《どんこう》を乗り継いで三次市《みよし》へ向かった。
三次市《みよし》に行けば、なんらかの情報が得られるかもしれない…
急がなきゃ…
…………………………