大河ドラマ・乳房星(たらちねぼし)
【嘆き節はやめにして】
時は、夕方6時55分頃であった。
またところ変わって、いよてつ高浜駅の待合室にて…
私は、待合室にある公衆電話のコーナーで電話をかけていた。
(チャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリン…カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ…プルルルルルルルルルルルルルルルルルルル…カチャ…)
私は、水色のコイン式のプッシュホンのコイン投入口に10円玉を6枚入れたあとボタンを押した。
電話がつながったあと、私はお話をした。
「もしもし、あの…夕方のお忙しいときにお電話をおかけしてもうしわけございません…あの…東広島市西条町◯◯の△△さまのおたくでございますか?…私、コリントイワマツヨシタカグラマシーともうします…あの…△△さまのご主人さまはいらっしゃいますか?…まだお帰りになられてないのですね…すみません…私、公衆電話からかけているのです…はい…それじゃあご主人さまによろしくお伝えくださいませ…はい…」
(ガチャン…)
私は、電話機のフックを下げたあとメモ書きをした。
それからまた40分後であった。
またところ変わって、いよてつ三津駅の前にあるカウンター式のたばこ屋にて…
私は、10円の赤電話機を使って電話をかけていた。
「もしもし、西条西本町の□□□さまのおうちでございますか?…私、コリントイワマツヨシタカグラマシーでございますが、ご主人さまか奥さまはいらっしゃいますか?…あの、いたずら電話じゃないのですよ…私は、ひとを探しているのですよ…分かりました…すみませんでした。」
(ガチャン…ジャラジャラ…)
私は、電話を切ったあと返却口に出てきた10円玉3枚を取り出した。
「話にならん…」
私は、メモ書きをしながらブツブツと言うた。
それからまた10分後であった。
またところ変わって、国鉄三津浜駅の待合室にあるキオスク(売店)にて…
私は、キオスクのカウンターにある10円の赤電話機を使って電話をかけていた。
「もしもし、夜分遅くに申しわけございません…あの…東広島市西条□△の▲▲▲さまでございますね…私、コリントイワマツヨシタカでございます…ああ、お孫さんよね…おじょうちゃん、おじいちゃんかおばちゃんに電話を代わってね。」
私は、受話器の向こうにいる女の子にやさしく言うた。
しかし、女の子は『おじちゃん、お話聞いて〜』と無邪気な声で私に言うた。
私は、困った表情で言うた。
「おじょうちゃん、おじちゃんはおじちゃんかおばちゃんに電話を代わってと言うたよ…あのね…おじょうちゃんの話を聞いてる時間はないのよ…」
受話器の向こうにいる女の子は、わがままを言うた。
「イヤ!!お話聞いて!!きょうは幼稚園のおゆうぎの発表会があったのよ!!」
「おじょうちゃん、おじいちゃんかおばちゃんに代わってと言うたよ。」
「イヤ!!おゆうぎ会の話を聞いて!!」
この時、受話器の向こうから娘さんの声が聞こえた。
「(マゴちゃん)!!いけません!!」
「イヤ!!お話がしたいもん!!」
「電話はおもちゃじゃありません!!」
ったくも…
いいかげんにしろよ…
…と怒りたくなった。
受話器の向こう側では、まだ母娘によるもめごとがつづいていた。
(ガチャン!!)
思い切りブチ切れた私は、電話をガチャンと切った。
「この家もだめだ!!」
思い切りブチ切れた私は、ブツブツ言いながらメモ書きをした。
時は、夜9時過ぎであった。
またところ変わって、堀江港の待合室にて…
私は、黄色のコイン式のプッシュホンで電話をかけていた。
「もしもし、夜分遅くにすみません…えーと、東広島市西条町▲▲△△の◯◯山さまのおたくでございますね…私は、コリントイワマツヨシタカグラマシーでございます…あっ、母のことをご存じでしたね…ありがとうございます…」
やっと手がかりがつかめた…
(チャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリン…)
私は、そうつぶやきながらコイン投入口に100円玉8枚を入れた。
「もしもし、◯◯山さまは昭和20年8月6日のことをご存じですね…はい…あの…きょうの昼過ぎに…大三島《しま》にあるウテナダムの公園で、ある女性のカタとお会いしました…その方からくわしいお話を聞いたのです…はい…」
電話をかけている私は、待合室のあたりをキョロキョロと見渡した。
私が待合室《ここ》の公衆電話を使って電話しているところをだれかがみているかもしれない…
…と思いながらあたりを見渡した。
その後、また電話に戻った。
「昼過ぎにお会いした方は…たしか…尾道へ買い出しに行く予定だったといいました…はい…その時、◯◯山さんは、どちらにいらっしゃいましたか?…海田市《かいたいち》…◯◯山さんはその時、広島市内へ入ろうとした人たちを止める役割をしていたのですね…その時にうちの母とシカヌマさんをお見かけしましたか?…えっ、見てない…それじゃあ…母とシカヌマさんは、広島市内《しない》にいたと思います…母とシカヌマさんは、西条駅《えき》の下り…ええ、広島方面の汽車が到着するプラットホームです…そこにいたと言うてました…たしか…朝の7時前だと言うてました…もしもし…もうひとりどなたかいらっしゃいますか?…のみに来ているお友だちの方ですね…すみませんけど、△△△さまにお代わりしてください…お願いします。」
(チャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリン…)
私は、100円玉11枚を投入口に入れたあとメモ書きをした。
この時、電話口に△△△さまが出たので私はお話をした。
「もしもし、△△△さまでございますね…私、イワマツキョウコの息子のコリントイワマツヨシタカグラマシーです…えっ!?…もしもし、それはほんとうの話ですか!?…それじゃあ、△△△さまもあのとき西条駅《えき》にいらしたのですね…えーとそれは…朝の7時頃だったと思います…△△△さまは…駅にいたのですね…△△△さまは、どちらへ行く予定だったのですか!?…松永…ああ、福山市の松永ですね…母とシカヌマさんは…やっぱり…下りのホームにいたのですね…それじゃあ、7時18分発の下りの汽車に乗ったということですよね…それじゃあもうダメかもしれない…その汽車に乗って行ったら、広島駅には8時前に到着すると思います…ちょっと待って…もしもし△△△さま…どういうことですか?…えっ…乗らなかった…母とシカヌマさんは、その汽車に乗らなかった…と言うのですか?…途中で気分が悪くなったので乗らなかった…それからどうなされたのですか?…ですから、母とシカヌマさんは汽車に乗るのをやめたあとどうなされたのかと聞いているのです…歩いて広島へ向かった…と言うことは、◯◯山さまが止めたと言うことですね…はい…それは何時頃ですか?…午後1時…はい…はい…広島市内《しない》に入ることを阻止した…そのあと、母とシカヌマさんはどちらへ行きましたか?…海田市駅ですね…ああ、その直後に黒い雨が降り出したので…雨宿りをしていたのですね…分かりました…お話ありがとうございました…これからすぐに広島へ行きます…えっ…ほかに母とシカヌマさんのことをご存じの方がいらっしゃいますね…分かりました…」
私は、メモ書きをしながらつぶやいた。
急がなきゃ…
(ボーッ、ボーッ、ボーッ…)
時は、深夜11時頃であった。
私は、呉松山フェリー(廃止)に乗って再び旅に出た。
船室《キャビン》の中にて…
私は、ショルダーバッグの中からスーパーマップル(昭文社)の中国地方の道路地図と万年筆を取り出したあと呉方面の地図をひらいた。
私は、万年筆で仁方港に印をつけたあと広島市内へ行くルートを調べた。
(ブロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ…)
日付が変わって、8月8日の深夜0時20分頃であった。
フェリーから降りた私は、ヒッチハイクした長距離トラックに乗って旅に出た。
トラックの仮眠用のベッドにいる私は、ぼんやりとした表情を浮かべながら考えごとをしていた。
ママは…
どこにいるのだろうか…
ちいちゃい時に恋したママに…
もう一度会いたい…
…………………………
またところ変わって、いよてつ高浜駅の待合室にて…
私は、待合室にある公衆電話のコーナーで電話をかけていた。
(チャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリン…カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ…プルルルルルルルルルルルルルルルルルルル…カチャ…)
私は、水色のコイン式のプッシュホンのコイン投入口に10円玉を6枚入れたあとボタンを押した。
電話がつながったあと、私はお話をした。
「もしもし、あの…夕方のお忙しいときにお電話をおかけしてもうしわけございません…あの…東広島市西条町◯◯の△△さまのおたくでございますか?…私、コリントイワマツヨシタカグラマシーともうします…あの…△△さまのご主人さまはいらっしゃいますか?…まだお帰りになられてないのですね…すみません…私、公衆電話からかけているのです…はい…それじゃあご主人さまによろしくお伝えくださいませ…はい…」
(ガチャン…)
私は、電話機のフックを下げたあとメモ書きをした。
それからまた40分後であった。
またところ変わって、いよてつ三津駅の前にあるカウンター式のたばこ屋にて…
私は、10円の赤電話機を使って電話をかけていた。
「もしもし、西条西本町の□□□さまのおうちでございますか?…私、コリントイワマツヨシタカグラマシーでございますが、ご主人さまか奥さまはいらっしゃいますか?…あの、いたずら電話じゃないのですよ…私は、ひとを探しているのですよ…分かりました…すみませんでした。」
(ガチャン…ジャラジャラ…)
私は、電話を切ったあと返却口に出てきた10円玉3枚を取り出した。
「話にならん…」
私は、メモ書きをしながらブツブツと言うた。
それからまた10分後であった。
またところ変わって、国鉄三津浜駅の待合室にあるキオスク(売店)にて…
私は、キオスクのカウンターにある10円の赤電話機を使って電話をかけていた。
「もしもし、夜分遅くに申しわけございません…あの…東広島市西条□△の▲▲▲さまでございますね…私、コリントイワマツヨシタカでございます…ああ、お孫さんよね…おじょうちゃん、おじいちゃんかおばちゃんに電話を代わってね。」
私は、受話器の向こうにいる女の子にやさしく言うた。
しかし、女の子は『おじちゃん、お話聞いて〜』と無邪気な声で私に言うた。
私は、困った表情で言うた。
「おじょうちゃん、おじちゃんはおじちゃんかおばちゃんに電話を代わってと言うたよ…あのね…おじょうちゃんの話を聞いてる時間はないのよ…」
受話器の向こうにいる女の子は、わがままを言うた。
「イヤ!!お話聞いて!!きょうは幼稚園のおゆうぎの発表会があったのよ!!」
「おじょうちゃん、おじいちゃんかおばちゃんに代わってと言うたよ。」
「イヤ!!おゆうぎ会の話を聞いて!!」
この時、受話器の向こうから娘さんの声が聞こえた。
「(マゴちゃん)!!いけません!!」
「イヤ!!お話がしたいもん!!」
「電話はおもちゃじゃありません!!」
ったくも…
いいかげんにしろよ…
…と怒りたくなった。
受話器の向こう側では、まだ母娘によるもめごとがつづいていた。
(ガチャン!!)
思い切りブチ切れた私は、電話をガチャンと切った。
「この家もだめだ!!」
思い切りブチ切れた私は、ブツブツ言いながらメモ書きをした。
時は、夜9時過ぎであった。
またところ変わって、堀江港の待合室にて…
私は、黄色のコイン式のプッシュホンで電話をかけていた。
「もしもし、夜分遅くにすみません…えーと、東広島市西条町▲▲△△の◯◯山さまのおたくでございますね…私は、コリントイワマツヨシタカグラマシーでございます…あっ、母のことをご存じでしたね…ありがとうございます…」
やっと手がかりがつかめた…
(チャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリン…)
私は、そうつぶやきながらコイン投入口に100円玉8枚を入れた。
「もしもし、◯◯山さまは昭和20年8月6日のことをご存じですね…はい…あの…きょうの昼過ぎに…大三島《しま》にあるウテナダムの公園で、ある女性のカタとお会いしました…その方からくわしいお話を聞いたのです…はい…」
電話をかけている私は、待合室のあたりをキョロキョロと見渡した。
私が待合室《ここ》の公衆電話を使って電話しているところをだれかがみているかもしれない…
…と思いながらあたりを見渡した。
その後、また電話に戻った。
「昼過ぎにお会いした方は…たしか…尾道へ買い出しに行く予定だったといいました…はい…その時、◯◯山さんは、どちらにいらっしゃいましたか?…海田市《かいたいち》…◯◯山さんはその時、広島市内へ入ろうとした人たちを止める役割をしていたのですね…その時にうちの母とシカヌマさんをお見かけしましたか?…えっ、見てない…それじゃあ…母とシカヌマさんは、広島市内《しない》にいたと思います…母とシカヌマさんは、西条駅《えき》の下り…ええ、広島方面の汽車が到着するプラットホームです…そこにいたと言うてました…たしか…朝の7時前だと言うてました…もしもし…もうひとりどなたかいらっしゃいますか?…のみに来ているお友だちの方ですね…すみませんけど、△△△さまにお代わりしてください…お願いします。」
(チャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリン…)
私は、100円玉11枚を投入口に入れたあとメモ書きをした。
この時、電話口に△△△さまが出たので私はお話をした。
「もしもし、△△△さまでございますね…私、イワマツキョウコの息子のコリントイワマツヨシタカグラマシーです…えっ!?…もしもし、それはほんとうの話ですか!?…それじゃあ、△△△さまもあのとき西条駅《えき》にいらしたのですね…えーとそれは…朝の7時頃だったと思います…△△△さまは…駅にいたのですね…△△△さまは、どちらへ行く予定だったのですか!?…松永…ああ、福山市の松永ですね…母とシカヌマさんは…やっぱり…下りのホームにいたのですね…それじゃあ、7時18分発の下りの汽車に乗ったということですよね…それじゃあもうダメかもしれない…その汽車に乗って行ったら、広島駅には8時前に到着すると思います…ちょっと待って…もしもし△△△さま…どういうことですか?…えっ…乗らなかった…母とシカヌマさんは、その汽車に乗らなかった…と言うのですか?…途中で気分が悪くなったので乗らなかった…それからどうなされたのですか?…ですから、母とシカヌマさんは汽車に乗るのをやめたあとどうなされたのかと聞いているのです…歩いて広島へ向かった…と言うことは、◯◯山さまが止めたと言うことですね…はい…それは何時頃ですか?…午後1時…はい…はい…広島市内《しない》に入ることを阻止した…そのあと、母とシカヌマさんはどちらへ行きましたか?…海田市駅ですね…ああ、その直後に黒い雨が降り出したので…雨宿りをしていたのですね…分かりました…お話ありがとうございました…これからすぐに広島へ行きます…えっ…ほかに母とシカヌマさんのことをご存じの方がいらっしゃいますね…分かりました…」
私は、メモ書きをしながらつぶやいた。
急がなきゃ…
(ボーッ、ボーッ、ボーッ…)
時は、深夜11時頃であった。
私は、呉松山フェリー(廃止)に乗って再び旅に出た。
船室《キャビン》の中にて…
私は、ショルダーバッグの中からスーパーマップル(昭文社)の中国地方の道路地図と万年筆を取り出したあと呉方面の地図をひらいた。
私は、万年筆で仁方港に印をつけたあと広島市内へ行くルートを調べた。
(ブロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ…)
日付が変わって、8月8日の深夜0時20分頃であった。
フェリーから降りた私は、ヒッチハイクした長距離トラックに乗って旅に出た。
トラックの仮眠用のベッドにいる私は、ぼんやりとした表情を浮かべながら考えごとをしていた。
ママは…
どこにいるのだろうか…
ちいちゃい時に恋したママに…
もう一度会いたい…
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