大河ドラマ・乳房星(たらちねぼし)

【春雨】

私・イワマツは、9月6日から11日までのあいだ長崎市と佐世保市にいた。

日中は大番頭《おおばんと》はんたちを探し回った…

夜は、スナックやカラオケバーを回ってカラオケ流しをしていた…

5日間で合計786万3088円のおひねりをかせいだ。

この5日のあいだに目立った動きはないが、私の気持ちはひどくあせっていた。

一刻も早く大番頭《おおばんと》はんたちを見つけないと…

もう時間がない…

急げ…

……………………

時は、9月13日の午後1時過ぎであった。

またところ変わって、広島市中心部にある平和記念公園にて…

私は、広島市内《しない》で暮らしている80代後半の女性と会って話をしていた。

女性は、戦時中の1944年の冬頃まで満州で暮らしていたことがあったと私に伝えた。

私は、パスケースに入っているママの白黒写真《しゃしん》を女性に見せた。

女性は、私に対してこう言うた。

「この女性《ひと》…知ってるわよ。」
「ああ、ご存じでしたか。」
「あの当時、うちはコクガで暮らしていました。」
「コクガ…」
「黒龍江《アムールがわ》ぞいにある小さな町です。」
「母は、そこで暮らしていたのですね。」
「はい。」

私は、白黒写真《しゃしん》が入っているパスケースをしまったあと女性に言うた。

「その当時、写真に写っていた女性《ひと》は、どなたと暮らしていましたか?」
「その方は、ハンサムな男の人と一緒に暮らしていましたよ。」
「ハンサムな男と暮らしていた?」
「ええ…年下でお優しい感じの男性でした…お子さまが6人ほどいました…全員男の子でしたよ〜」
「そうですか。」
「男性の方は、お嫁さんとお子さまを大事に大事にしていました…写真に写っていた女性《かた》もダンナさんを大事にしていました。」
「今は、どうなされていますか?」
「さあ、分からないわ…大戦末期に大混乱が発生したので…たぶん…行方不明になっていると思います。」
「そうですか…分かりました。」

私は、万年筆を使って手帳にメモ書きをしながらつぶやいた。

たぶんママは…

満州の地で…

亡くなったと思う…

見つけ出すことは…

むずかしくなった…

…………………………

(ブロロロロロロロロロロロロロロロ…ゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトン…ブロロロロロロロロロロロ…)

時は、夕方4時半頃であった。

紙屋町の広島バスセンター(広島そごう)の付近の交差点に広島電鉄の路面電車《トラム》とたくさんの自動車が往来していた。

ショルダーバックを持っている私は、ぼんやりとした表情で夕方時の空を見つめながらつぶやいた。

なんでママは…

再婚したのか…

ママは…

再婚相手の…

どういった部分が好きなのか…

ママは…

私のことが…

キライになったのか…

…………………

悲しい…

…………

(ゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトン…ゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトン…ゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトン…)

時は、夕方5時20分頃であった。

私は、広島電鉄の路面電車《トラム》に乗って再び旅に出た。

座席に座っている私は、ケータイラジオを聴いていた。

イヤホンからRCCラジオで放送されていた『柏村武昭のサテライトナンバーワン』(生放送の音楽番組)が流れていた。

この日の歌のゲストは、村下孝蔵さんであった。

夕方5時半を過ぎた頃に1980年頃に発表された歌『春雨』がかかった。

歌を聴いていた私は、ぼんやりとした表情で考え事をしていた。

これからどうすればいいのか…

早く大番頭《おおばんと》はんたちを見つけないと…

時間がない…

……………………
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