大河ドラマ・乳房星(たらちねぼし)
【ダンシング・オールナイト】
時は、9月19日の午後2時頃であった。
またところ変わって、国電宮崎駅の南東側にある文化の森公園にて…
公園内にあるイベント広場に設けられた大型ステージで市民カラオケ大会が催されていた。
飛び入り参加OKだったので、私は出場した。
ステージに上がった私は、2〜3曲歌った。
この時、私は総額900万円のおひねりをかせいだ。
……………………
時は、午後3時頃であった。
またところ変わって、宮崎市田吉《しないたよし》の大淀川の河口付近にある公園にて…
公園のベンチに座っている私は、キオスクで購入したカネテツデリカフーヅのごぼ天とちくわをさかなに300ミリリットルの清酒大関のワンカップ酒をのんでいた。
9月19日までのあいだ、私は鹿児島と宮崎で大番頭《おおばんと》はんたちを見つけるためにあちらこちらを歩き回った。
しかし、大番頭《おおばんと》はんたちを見つけることはできなかった。
そのあいだに残された時間が少しずつ減っていく…
どうすればいいのだ…
…………………………
時は、夕方5時半頃であった。
またところ変わって、国電南宮崎駅の待合室にて…
私がみどりの窓口へ行こうとしていた時であった。
この時、トレンチコート姿の黒のサングラスの男が私の肩をポンポンとたたいた。
私がふりかえった時であった。
黒のサングラス男は、私に対して怒った声で言うた。
「おい、お前に電話がかかっているぞ!!広場にある電話ボックスへ行け!!」
このあと、私は駅前広場に行った。
またところ変わって、駅前広場にある電話ボックスにて…
私は、水色のコイン投入式の四角のプッシュホンにかかってきた電話で応対した。
電話をかけてきたのは、ドナ姐《ねえ》はんであった。
「もしもしドナ姐《ねえ》はん…今、国電南宮崎駅にいる…えっ?…今から飛行機に乗ってって…もしもし、もしもしドナ姐《ねえ》はん!!」
……………………
(ゴーッ…)
時は、夜8時過ぎであった。
私は、宮崎ブーゲンビリア空港から最終の大阪行きの東亜国内航空機に乗って旅に出た。
大阪伊丹国際空港には夜9時20分頃に到着した。
(ブロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ…)
それから70分後であった。
私は、空港でヒッチハイクした長距離トラックに乗って北上した。
トラックは、国道176号線から日本海側へ向かうルートを通って目的地へ向かった。
最終目的地に到着したのは、9月20日の明け方5時半頃であった。
私は、ショルダーバックを持ってトラックから降りたあと運転手《うんちゃん》にお礼を述べた。
その後、トラックは出発した。
ここはどこだろう…
私は、道路わきに立っている案内標識を見た。
国道番号の下についている補助標識に書かれている地名を読みながらつぶやいた。
経《きょう》ヶ岬《みさき》…
ドナ姐《ねえ》はんは…
経ヶ岬にいるのか…
このあと、私は遊歩道を歩いて経ヶ岬へ向かった。
またところ変わって、国電宮崎駅の南東側にある文化の森公園にて…
公園内にあるイベント広場に設けられた大型ステージで市民カラオケ大会が催されていた。
飛び入り参加OKだったので、私は出場した。
ステージに上がった私は、2〜3曲歌った。
この時、私は総額900万円のおひねりをかせいだ。
……………………
時は、午後3時頃であった。
またところ変わって、宮崎市田吉《しないたよし》の大淀川の河口付近にある公園にて…
公園のベンチに座っている私は、キオスクで購入したカネテツデリカフーヅのごぼ天とちくわをさかなに300ミリリットルの清酒大関のワンカップ酒をのんでいた。
9月19日までのあいだ、私は鹿児島と宮崎で大番頭《おおばんと》はんたちを見つけるためにあちらこちらを歩き回った。
しかし、大番頭《おおばんと》はんたちを見つけることはできなかった。
そのあいだに残された時間が少しずつ減っていく…
どうすればいいのだ…
…………………………
時は、夕方5時半頃であった。
またところ変わって、国電南宮崎駅の待合室にて…
私がみどりの窓口へ行こうとしていた時であった。
この時、トレンチコート姿の黒のサングラスの男が私の肩をポンポンとたたいた。
私がふりかえった時であった。
黒のサングラス男は、私に対して怒った声で言うた。
「おい、お前に電話がかかっているぞ!!広場にある電話ボックスへ行け!!」
このあと、私は駅前広場に行った。
またところ変わって、駅前広場にある電話ボックスにて…
私は、水色のコイン投入式の四角のプッシュホンにかかってきた電話で応対した。
電話をかけてきたのは、ドナ姐《ねえ》はんであった。
「もしもしドナ姐《ねえ》はん…今、国電南宮崎駅にいる…えっ?…今から飛行機に乗ってって…もしもし、もしもしドナ姐《ねえ》はん!!」
……………………
(ゴーッ…)
時は、夜8時過ぎであった。
私は、宮崎ブーゲンビリア空港から最終の大阪行きの東亜国内航空機に乗って旅に出た。
大阪伊丹国際空港には夜9時20分頃に到着した。
(ブロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ…)
それから70分後であった。
私は、空港でヒッチハイクした長距離トラックに乗って北上した。
トラックは、国道176号線から日本海側へ向かうルートを通って目的地へ向かった。
最終目的地に到着したのは、9月20日の明け方5時半頃であった。
私は、ショルダーバックを持ってトラックから降りたあと運転手《うんちゃん》にお礼を述べた。
その後、トラックは出発した。
ここはどこだろう…
私は、道路わきに立っている案内標識を見た。
国道番号の下についている補助標識に書かれている地名を読みながらつぶやいた。
経《きょう》ヶ岬《みさき》…
ドナ姐《ねえ》はんは…
経ヶ岬にいるのか…
このあと、私は遊歩道を歩いて経ヶ岬へ向かった。