大河ドラマ・乳房星(たらちねぼし)

【泣いていた女の子】

時は、1981年9月30日の朝8時50分頃のことであった。

場所は、愛媛県今治市旭町にある建材店の倉庫がある敷地にて…

空は、どす黒い雲におおわれていた。

この日は、朝から大気の状態が非常に不安定になっていた。

それによると、日本の東の海上で台風から変わった温帯低気圧から伸びていた前線が東日本から西日本の太平洋側に停滞していた。

その上に、南から大容量の湿気をふくんだ風が吹いていた。

これによって、大気の状態が非常に不安定になっていた。

そんな中で、深刻な事件が発生した。

「ふざけるなよクソガキ!!オドレははぐいたらしいからぶっ殺してやる!!」

倉庫の敷地内で、15〜16歳の少年の怒鳴り声が響き渡っていた。

少年は、経営者のどら息子が発した言葉にブチ切れたので怒鳴り声をあげていたと思う。

原因は、配達に行くトラックに乗って行くことでトラブルが発生した。

経営者のどら息子は、少年に対して『言うことを聞け。』と言うた。

よりし烈な怒りに震えていた少年は、ドラ息子に対してし烈な殺意を持っていた。

湿った南風が吹いている中で、少年とどら息子が怒号をあげていた。

「オドレクソガキ!!もういっぺん言うてみろ!!」
「わしは言うことを聞けと言うただけだ!!ここで働かせてもらっている以上は言うことを聞け!!」
「オドレ!!ぶっ殺してやる!!」

(ドカッ!!)

少年は、どら息子を体当たりで倒したあと殴るけるの暴行をしつように加えた。

周囲にいた男性従業員さんたちは、少年が恐いので止めることができなかった。

どら息子に対してし烈な暴力を加えた少年は、フォークリフトに置いていたナタでどら息子の首を斬《き》り墜《お》とした。

その後、少年はナタを振りまわりながら逃げ出した。

キチガイになった少年は、事件現場の付近でナタを振り回しながら奇声をあげた。

(ビュービュービュービュー…ゴロゴロ…)

湿った南風が強く吹いていたと同時に、雷が鳴りだした。

そして…

(ポツポツ…ドザーッ、ドザーッ…)

同時に、ポツポツと雨粒が落ち出した。

それから数秒後に、非常に激しい雨が降り出した。

………………………

さて、その頃であった。

またところ変わって、今治桟橋にて…

私は、大きなロータリーにあるバス乗り場にいた。

私は、伊予北条駅から始発の各駅停車《どんこう》に乗って今治駅まで移動した。

今治駅《えき》からバスに乗って今治桟橋《さんばし》へ来た。

ショルダーバッグを持ってバスから降りたあとロータリーにあるバス乗り場へ向かった。

この最中に例の殺人事件が発生した。

(ウーウーウーウーウーウーウーウーウーウーウーウーウーウーウーウーウーウーウーウーウーウーウーウーウーウー…)

遠くで、けたたましいサイレン音が鳴り響いた。

この時、私はロータリーにあるバス乗り場に着いたところであった。

けたたましいサイレン音を聞いた私は、より激しい動揺に襲われた。

(ウーウーウーウーウーウーウーウー…ピーポーピーポーピーポーピーポー…)

しばらくして、消防車とパトカーと救急車のけたたましいサイレンも一緒に鳴り響いた。

つづいて、その付近にある美須賀の消防団の詰め所から出動した消防車のサイレン音が鳴り響いた。

今治の中央消防署のけたたましいサイレン音は、ひっきりなしに鳴り響いた。

さらにまた同時に、今治市の防災行政無線無線のスピーカーから切り裂くようなサイレン音が10秒間鳴り響いた。

(ウーーーーーッ!!ウーーーーーッ!!)

その後、女性のアナウンス音が聞こえた。

「緊急安全確保!!緊急安全確保!!こちらは今治市です!!午前9時頃に市内旭町の建材店で若い男の従業員がナタで経営者の一人息子を殺した事件が発生しました…若い男がナタを振り回しながら暴れています…事件発生した地域から1キロ圏内の地域に緊急安全確保を発令しました…住民のみなさまは、家の戸締まりを厳重にしたあと屋内の安全な場所で安全を確保してください!!」

大変だ!!

どうすればいいのだ…

……………………………

それから50秒後であった。

バス乗り場に川之江行きの特急バスが到着した。

私は、ショルダーバッグを持ってバスに乗り込んだ。

バスに乗り込んだ私は、分厚いカーテンで窓をおおったあとイスに座った。

そして、ショルダーバッグを抱きしめながら身をひそめていた。

(ブロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ…)

バスは、定刻通りに今治桟橋《さんばし》から出発した。

バスは、ロータリーを通って広小路通りに出たあと伊予銀行の支店前の交差点を左折した。

その後、万橋《よろずばし》〜恵美須町〜今治城前〜城東橋を通って産業道路…と迂回する形で喜田村《きたむら》へ向かった。

バスの運行ルートは緊急安全確保のエリアに入っていたので、『今治高島屋前』『旭町』『鳥生』『喜田村』の4つのバス停は乗り入れを中止した。

………………………

(ウーウーウーウーウーウーウーウーウーウーウーウー!!)

さて、その頃であった。

またところ変わって、旭町のたばこ屋の付近にある交差点にて…

交差点にニッサンセドリックの愛媛県警のパトカー50台が四方をふさぐ形で停まっていた。

真ん中にナタを持った少年がいた。

キチガイの少年は奇声をあげながら暴れ回っていた。

またところ変わって、建材店にて…

地獄絵と化した建材店の敷地内に、怒号と叫び声が響いている。

経営者のどら息子は、首を斬《き》られた状態で死んでいた。

複数の従業員さんたちがひどい大けがを負った。

消防隊員たちと消防団員たちが負傷者の応急措置に取り組んでいた。

事件現場には、愛媛県警のパトカーと今治市の中央消防署の消防車と救急車と日吉と美須賀の消防団の消防車がたくさん停まっていた。

キンパクした空気が、地区にはりつめていた。

「ああ…(どら息子)ちゃん…」

インテリのメガネをかけている目つきの悪い経営者の奥さまは、首を斬《き》られたどら息子に必死に呼びかけた。

キンリンの住民のみなさまは、冷めた目つきでヒソヒソと話していた。

サイテーね…

奥さまは一体、なにを考えているのよ…

こんな時だけオヤヅラするなんて…

どーかしているわよ…

経営者の奥さまは、より激しい叫び声をあげて泣いた。

…………………………………

またところ変わって、たばこ屋の付近にある交差点にて…

ナタを持った少年が激しく暴れていた。

パトカーのスピーカーから警官の怒号が響いた。

「やめろ!!やめるのだ!!」
「まだ間に合ううちになんでガッコーに戻らないのだ!!」
「ガッコーへ行け!!」
「ガッコーへ行け!!」
「ガッコーガッコーガッコーガッコーガッコーガッコーガッコーガッコーガッコーガッコーガッコーガッコー!!」

警官たちから『ガッコーガッコー』とやかましく言われた少年は、ナタでパトカーを傷つけた。

(ズドーン!!ズドーン!!ズドーン!!)

この時、警官のひとりが少年に向けて銃を発砲した。

キチガイの少年は、警察官が発砲した銃で射殺された。

…………………………

(ドザーッ、ドザーッ、ドザーッ…)

さて、その頃であった…

私は、川之江行きの特急バスに乗っていた。

(ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!!バリバリバリバリバリバリバリ!!ドザーッ!!ドザーッ!!)

この時、より激しい雷鳴がとどろいた。

それと同時に、雨の降り方がし烈になった…

私が乗っているバスは、し烈な雨が降る中を走っていた。

今治市でより深刻な事態が発生した時、バスは東予市内を走行していた。

(ドザーッ、ドザーッ、ドザーッ…)

バスが三津屋商店街《しょうてんがい》の交差点で信号待ちをしていた時であった。

雨の降り方がさらに激しくなった。

バスにいる私は、ショルダーバッグの中からスーパーマップル(昭文社)の四国地方の道路地図をひらいて調べ物をしていた。

私は、今治桟橋を出発したあとの道順を赤のラッションペンで書き込んで印をつけていた。

今は…

三津屋商店街の入り口付近の交差点…

(ブロロロロロロロロロロロロロロロ…)

信号が青に替わったと同時にバスが出発した。

私は、赤のラッションペンで次に停車するバス停に印をつけた。

次は小松町役場…

……………………

(ブロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ…)

次にバスが停車する場所は、小松町役場であった。

その後は、国道11号線を通って西条市へ向かう予定である。

国道11号線沿いの停車するバス停は、小松町役場前と氷見だけであった。

氷見を出たあとは西条登り道までそのまま走行する。

この時は、しとしと降りの雨が降っていた。

しかし、バスが加茂川橋を越えた時にまた非常に激しい雨が降り出した。

バスは、国鉄予讃本線の下のアンダーパスへ向かった。

アンダーパスに雨水が少したまっていたが、バスはそのまま水たまりを通過した。

バスは、西条登り道~西条駅前~横黒~西条車庫~住友病院前~別子大丸前~登り道~元塚~市役所前~国鉄新居浜駅~東城と停車した。

その間も、非常に激しい雨が降りつづいた。

…………………

バスは、午後1時15分頃に新居浜市の東城交差点に到着した。

東城のバス停で数人の乗客が降りた。

私は、東城のバス停にラッションペンで印をつけた。

それから2分後であった。

バスは、交差点を左折して再び国道11号線に入った。

それから数分後であった。

(ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!!ドザーッ、ドザーッ…ゴーッ、ゴーッ)

この時、規模の大きな雷鳴がとどろいた。

同時に、1時間に100ミリを超すし烈な雨が降りだした。

さらにそのまた上に、非常に強いやまじ風が吹き付けた。

私は、非常に激しい雨の音とやまじ風が強く吹き付ける音にひどくおびえた。

………………………

時は、午後3時半過ぎであった…

私が乗っている特急バスは、大王製紙の工場群が建ち並んでいる通りを走行していた。

この時、灰色の雲のすき間から陽の光が差し込んでいた。

夕方4時頃であった。

バスが港通りのバス停に到着した。

ショルダーバッグを持ってバスから降りた私は、国鉄川之江駅へ向かって歩いた。

……………………

時は、夕方5時過ぎであった。

ところ変わって、栄町商店街《アーケードがい》にて…

ショルダーバッグを持ってあてもなく歩いている私は、ものすごくつらそうな表情を浮かべていた。

通りに設置されているスピーカーから南らんぼうさんが作詞作曲した楽曲で昭和54年にNHKみんなのうたで流れた歌『泣いていた女の子』が流れていた。

ものすごく悲しい歌を聴いた私は、泣き出しそうになった。

つらい…

ものすごくつらい…

………………………

ママ…

ママ…

ママ…

ママ…

ママ…

…………………………

ママのもとにいきたいよ…

…………………………
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