大河ドラマ・乳房星(たらちねぼし)
【夜がわらってる】
時は、1月8日の朝8時半頃であった。
私は、7日の夜に日南市イビイの終夜営業のラーメン屋から出発したあと休憩をはさみながら歩いてシブシへ向かった。
シブシの中心部に到着したのは、朝8時20分頃であった。
…………………
またところ変わって、国鉄シブシ駅の入り口付近にある電話ボックスにて…
私は、四角の水色のコイン投入式のプッシュホンを使って松山市で暮らしているファッションクラブのママの家に電話をかけた。
「おはようございます…コリントでございます…今、シブシの駅に到着しました…え~と…これから小田島さん方へ向かいますが…お電話をお願いでしますか?…よろしくお願いいたします。」
……………………
それからまた2時間後であった。
またところ変わって、シブシ町シブシにある特大和風建築の家にて…
特大和風建築の家は、三永《みえ》さんがほたるさんの店でお勤めを始める際に保証人になってくださったご主人の家であった。
家の大広間のテーブルに、ご主人と私が向かい合った状態で座っていた。
私は、ほたるさんから預かっていた親展書《しょめん》をテーブルの上に出したあとご主人にお願いをした。
「ご主人さま、お願いがございます。」
ご主人は、私に対しておだやかな声で言うた。
「お話は、(ファッションクラブのママ)さんから聞いてますよ。」
「ありがとうございます。」
ご主人は、私から受け取った親展書《しょめん》を大広間にある桐ダンスに収納した。
その後、席にもどった。
私は、手帳をひらいてメモ書きをする準備をしたあとご主人に声をかけた。
「ご主人さま。」
「はい。」
「ご主人さまが三永《みえ》さんの保証人をお引き受けになられたのはいつ頃でしょうか?」
「3年前の春でした。」
「1980年頃でしたね。」
「ええ、そうです。」
「え~と…おととい、三永《みえ》さんと仲良しだったホステスさん…これは、別の店で働いているホステスさんから聞いた話でございますが…あの…(松山市の)三番町のファッションクラブで働いていたみきさんのこともご存じですね。」
「はい…みきさんも私が保証人を引き受けていました。」
「そうですか…え~と…みきさんは今…こちらにいらっしゃいますか?」
「はい、いらっしゃいます…今は…幸せいっぱいの暮らしをしています。」
「幸せいっぱいの暮らしをしている?」
「ひらたく言えば、結婚したと言うことです。」
「そうですか…分かりました。」
…………………………
それからまた2時間後であった。
またところ変わって、シブシ港の待合室の入り口付近にある電話ボックスにて…
私は、四角の黄色のコイン投入式のプッシュホンを使って松山市で暮らしているファッションクラブのママの家に電話をかけた。
「もしもし、コリントです…小田島のご主人に親展書《しょめん》をお届けしました…はい…はい…はい…はい…この度はいろいろとお世話になりました…はい。」
………………………
またところ変わって、シブシ港の待合室にて…
ベンチの上にスーパーマップルの九州地方の道路地図がひらいた状態で置かれていた。
私は、売店で購入したパスコのこしあんパンを食べながら万年筆を使って地図上に書き込みをしながらつぶやいた。
これから先…
どうすればいいのだ…
大番頭《おおばんと》はんとマァマとドナ姐《ねえ》はんと連絡が取れない状態が長期間に渡って続いている…
一体、どうすればいいのだよ…
………………………
私は、7日の夜に日南市イビイの終夜営業のラーメン屋から出発したあと休憩をはさみながら歩いてシブシへ向かった。
シブシの中心部に到着したのは、朝8時20分頃であった。
…………………
またところ変わって、国鉄シブシ駅の入り口付近にある電話ボックスにて…
私は、四角の水色のコイン投入式のプッシュホンを使って松山市で暮らしているファッションクラブのママの家に電話をかけた。
「おはようございます…コリントでございます…今、シブシの駅に到着しました…え~と…これから小田島さん方へ向かいますが…お電話をお願いでしますか?…よろしくお願いいたします。」
……………………
それからまた2時間後であった。
またところ変わって、シブシ町シブシにある特大和風建築の家にて…
特大和風建築の家は、三永《みえ》さんがほたるさんの店でお勤めを始める際に保証人になってくださったご主人の家であった。
家の大広間のテーブルに、ご主人と私が向かい合った状態で座っていた。
私は、ほたるさんから預かっていた親展書《しょめん》をテーブルの上に出したあとご主人にお願いをした。
「ご主人さま、お願いがございます。」
ご主人は、私に対しておだやかな声で言うた。
「お話は、(ファッションクラブのママ)さんから聞いてますよ。」
「ありがとうございます。」
ご主人は、私から受け取った親展書《しょめん》を大広間にある桐ダンスに収納した。
その後、席にもどった。
私は、手帳をひらいてメモ書きをする準備をしたあとご主人に声をかけた。
「ご主人さま。」
「はい。」
「ご主人さまが三永《みえ》さんの保証人をお引き受けになられたのはいつ頃でしょうか?」
「3年前の春でした。」
「1980年頃でしたね。」
「ええ、そうです。」
「え~と…おととい、三永《みえ》さんと仲良しだったホステスさん…これは、別の店で働いているホステスさんから聞いた話でございますが…あの…(松山市の)三番町のファッションクラブで働いていたみきさんのこともご存じですね。」
「はい…みきさんも私が保証人を引き受けていました。」
「そうですか…え~と…みきさんは今…こちらにいらっしゃいますか?」
「はい、いらっしゃいます…今は…幸せいっぱいの暮らしをしています。」
「幸せいっぱいの暮らしをしている?」
「ひらたく言えば、結婚したと言うことです。」
「そうですか…分かりました。」
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それからまた2時間後であった。
またところ変わって、シブシ港の待合室の入り口付近にある電話ボックスにて…
私は、四角の黄色のコイン投入式のプッシュホンを使って松山市で暮らしているファッションクラブのママの家に電話をかけた。
「もしもし、コリントです…小田島のご主人に親展書《しょめん》をお届けしました…はい…はい…はい…はい…この度はいろいろとお世話になりました…はい。」
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またところ変わって、シブシ港の待合室にて…
ベンチの上にスーパーマップルの九州地方の道路地図がひらいた状態で置かれていた。
私は、売店で購入したパスコのこしあんパンを食べながら万年筆を使って地図上に書き込みをしながらつぶやいた。
これから先…
どうすればいいのだ…
大番頭《おおばんと》はんとマァマとドナ姐《ねえ》はんと連絡が取れない状態が長期間に渡って続いている…
一体、どうすればいいのだよ…
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