大河ドラマ・乳房星(たらちねぼし)
第84話・シクラメンのかほり
【しのぶ宿】
(パタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタ…ドドーン!!ドドーン!!ドドーン!!)
時は、7月27日の朝6時40分頃であった。
この日は、雲が多い天気でところによっては雨が降っていた…
東日本から西日本の太平洋沿岸では、強風波浪注意報が発令されていたところがあった…
…で、よくないお天気であった。
またところ変わって石廊崎《いろうざき》の沖合にて…
海上は、10メートル前後でもうれつにしけていた。
石廊崎灯台《とうだい》の近くの上空に静岡県警《けんけい》のヘリコプターが飛行していた。
石廊崎灯台《とうだい》の周りに静岡県警《けんけい》の捜査員たち200人がいた。
2時間ほど前に、若い女性が入水したと言う知らせが下田市内の警察署に入った。
静岡県警《けんけい》は、午前6時から入水した女性の捜索を開始した。
この時、入水した女性が所持していたハンドバッグとスニーカーが発見された。
ハンドバッグの中に遺書が入っていた。
静岡県警《けんけい》は、ハンドバッグとスニーカーの所持者はももこのものであると発表した。
ももこは、成田国際空港でもめごとを起こしたあと石廊崎《ここ》で命を絶った。
………………………………
またところ変わって、下田市内にある警察署にて…
警察署の会議室にももこの両親と兄と弟の4人がいた。
家族4人は、警察署の職員から『今のうちに状況を受け入れてください!!』ときつい声で言われた。
家族4人は、おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい…と泣き出した。
ももこがいなくなった…
残された家族たちは…
どうすればいいのだ…
……………………………
(ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ…ザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザー…)
時は、朝7時15分頃であった。
この時、雷を伴った強い雨が降り出した。
またところ変わって、浜田市の中心部にある魚市場《いちば》にて…
私は、魚市場《いちば》にいた魚屋の若女将と会って話をしていた。
若女将は、ももこが中学から高校1年までクラスが一緒だった同窓生であった。
若女将は、私に対して声をかけた。
「ああ、思い出したわ。」
「思い出した?」
「きょうの夜中の1時にももちゃんがうちに電話をかけてきたのよ。」
私は、『夜中の1時頃に電話があった』と言いながらゼブラシャーボーのシャープペンシルを使ってメモパッドにメモ書きをしたあと若女将に声をかけた。
「え~と…受話器越しにいたももこさんは、若女将《あなた》に対してどんな話をしていたのですか?」
若女将は、私に対してこう答えた。
「そうねぇ…あのコたしか…『両親と兄と弟なんか大キライ!!』と言うてたわ。」
「そうですか。」
「うちはその時、お仕事が忙しかったので『またあとでね〜』と言うて電話を置いたのよ。」
「あっそうですか…分かりました…お忙しいところをお止めしてもうしわけございませんでした。」
結局、くわしい話を聞くことはできなかった。
………………………………
(ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!!ドザー!!ドザー!!ドザー!!ドザー!!)
それからまた40分後であった。
この時、1時間に40ミリに相当する量の雷を伴った激しい雨が降り出した。
またところ変わって、魚市場《いちば》の入り口付近に設置されている電話ボックスにて…
私は、四角の水色のコイン投入式のプッシュホンを使って電話をかけていた。
「もしもし、朝のお忙しい時間帯にお電話をおかけしてもうしわけございません…え~と…庄原市東本町にお住まいの□■◎さまのお宅でございますか?…私はコリントイワマツヨシタカグラマシーともうします…ああ、□■◎さまの義母さまでございますね…すみません…ご本人さま…はい…お嫁さんをお電話を代わっていただけますか?…よろしくお願いします…」
(チャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリン…)
この間に私はコイン投入口に10円玉をたくさん入れた。
受話器越しに若い女性の声が聞こえた。
私は、受話器越しにいる若い女性に声をかけた。
「もしもし…久枝ももこさまの同窓生の□■◎さまでございますね…お世話になりますコリントイワマツヨシタカグラマシーともうします…□■◎さま、今朝のニュースをお聞きになられましたか?…ええ、石廊崎《いろうざき》で女性が入水したニュースでございます…聞いたのですね…あの…最後に久枝ももこさまとお会いになられた日…ええ、お電話がかかってきたでもかまいません…おととい…おととい…はい、分かりました。」
私は、ゼブラシャーボーを使ってメモパッドに『おととい、ももこさんが□■◎さまに電話をかけてきた』と記入しながら話をした。
「あの、ほかに分かったことがございましたら知らせていただけますか…よろしくお願いします…お世話になりました。」
………………………
それからまた2分後であった。
電話ボックスのアクリル板につけた1981から1983年の3年手帳に万年筆で書込みをしていた。
このあと、ももこの同窓生7〜8人に電話をかけた。
7〜8人の同窓生に対してももこと最後に会った日をたずねたが、7〜8人とも『おぼえていない』と返答した。
結局、ももこの身になにがあったのかを知ることはできなかった。
……………………………
(ピーッ、ゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトン…ボーッ、シュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュ…ゴーッ…)
それからまた2時間後であった。
私は、浜田駅から山陰本線《さんいんせん》と山口線の各駅停車《どんこう》とSLやまぐち号と山陽新幹線《しんかんせん》を乗り継いで広島駅へ向かった。
きょう1日かけてももこの同窓生たちに電話をかけてももこの身になにがあったのかをたずねた。
しかし、明確な回答を得ることができなかった。
…………………………
時は、夕方6時40分頃であった。
またところ変わって、国鉄広島駅の南口(在来線口)のコンコースにて…
ショルダーバックを持って新幹線から降りた私は、つかれた表情を浮かべながら歩いていた。
この時、女性の声が聞こえた。
「ヨシタカさん!!」
私が後ろをふりかえった時であった。
三永《みえ》さんが大きく手をふりながら私のもとにやってくる様子が見えた。
私は、三永《みえ》さんに対して声をかけた。
「三永《みえ》さん!!こっちこっち!!」
三永《みえ》さんは、私に対して声をかけた。
「ヨシタカさん、無事でよかった〜」
「ああ…私が広島駅《ここ》にいることがよくわかったね。」
「ええ。」
三永《みえ》さんは、私に対して声をかけた。
「ヨシタカさん。」
「三永《みえ》さん。」
「夕飯《ごはん》は…まだ…よね。」
「ああ。」
「どこかこの近くにあるお店に行きましょう。」
「分かった。」
このあと、三永《みえ》さんと私は駅の外へ出た。
………………………………
時は、7月27日の朝6時40分頃であった。
この日は、雲が多い天気でところによっては雨が降っていた…
東日本から西日本の太平洋沿岸では、強風波浪注意報が発令されていたところがあった…
…で、よくないお天気であった。
またところ変わって石廊崎《いろうざき》の沖合にて…
海上は、10メートル前後でもうれつにしけていた。
石廊崎灯台《とうだい》の近くの上空に静岡県警《けんけい》のヘリコプターが飛行していた。
石廊崎灯台《とうだい》の周りに静岡県警《けんけい》の捜査員たち200人がいた。
2時間ほど前に、若い女性が入水したと言う知らせが下田市内の警察署に入った。
静岡県警《けんけい》は、午前6時から入水した女性の捜索を開始した。
この時、入水した女性が所持していたハンドバッグとスニーカーが発見された。
ハンドバッグの中に遺書が入っていた。
静岡県警《けんけい》は、ハンドバッグとスニーカーの所持者はももこのものであると発表した。
ももこは、成田国際空港でもめごとを起こしたあと石廊崎《ここ》で命を絶った。
………………………………
またところ変わって、下田市内にある警察署にて…
警察署の会議室にももこの両親と兄と弟の4人がいた。
家族4人は、警察署の職員から『今のうちに状況を受け入れてください!!』ときつい声で言われた。
家族4人は、おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい…と泣き出した。
ももこがいなくなった…
残された家族たちは…
どうすればいいのだ…
……………………………
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時は、朝7時15分頃であった。
この時、雷を伴った強い雨が降り出した。
またところ変わって、浜田市の中心部にある魚市場《いちば》にて…
私は、魚市場《いちば》にいた魚屋の若女将と会って話をしていた。
若女将は、ももこが中学から高校1年までクラスが一緒だった同窓生であった。
若女将は、私に対して声をかけた。
「ああ、思い出したわ。」
「思い出した?」
「きょうの夜中の1時にももちゃんがうちに電話をかけてきたのよ。」
私は、『夜中の1時頃に電話があった』と言いながらゼブラシャーボーのシャープペンシルを使ってメモパッドにメモ書きをしたあと若女将に声をかけた。
「え~と…受話器越しにいたももこさんは、若女将《あなた》に対してどんな話をしていたのですか?」
若女将は、私に対してこう答えた。
「そうねぇ…あのコたしか…『両親と兄と弟なんか大キライ!!』と言うてたわ。」
「そうですか。」
「うちはその時、お仕事が忙しかったので『またあとでね〜』と言うて電話を置いたのよ。」
「あっそうですか…分かりました…お忙しいところをお止めしてもうしわけございませんでした。」
結局、くわしい話を聞くことはできなかった。
………………………………
(ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!!ドザー!!ドザー!!ドザー!!ドザー!!)
それからまた40分後であった。
この時、1時間に40ミリに相当する量の雷を伴った激しい雨が降り出した。
またところ変わって、魚市場《いちば》の入り口付近に設置されている電話ボックスにて…
私は、四角の水色のコイン投入式のプッシュホンを使って電話をかけていた。
「もしもし、朝のお忙しい時間帯にお電話をおかけしてもうしわけございません…え~と…庄原市東本町にお住まいの□■◎さまのお宅でございますか?…私はコリントイワマツヨシタカグラマシーともうします…ああ、□■◎さまの義母さまでございますね…すみません…ご本人さま…はい…お嫁さんをお電話を代わっていただけますか?…よろしくお願いします…」
(チャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリン…)
この間に私はコイン投入口に10円玉をたくさん入れた。
受話器越しに若い女性の声が聞こえた。
私は、受話器越しにいる若い女性に声をかけた。
「もしもし…久枝ももこさまの同窓生の□■◎さまでございますね…お世話になりますコリントイワマツヨシタカグラマシーともうします…□■◎さま、今朝のニュースをお聞きになられましたか?…ええ、石廊崎《いろうざき》で女性が入水したニュースでございます…聞いたのですね…あの…最後に久枝ももこさまとお会いになられた日…ええ、お電話がかかってきたでもかまいません…おととい…おととい…はい、分かりました。」
私は、ゼブラシャーボーを使ってメモパッドに『おととい、ももこさんが□■◎さまに電話をかけてきた』と記入しながら話をした。
「あの、ほかに分かったことがございましたら知らせていただけますか…よろしくお願いします…お世話になりました。」
………………………
それからまた2分後であった。
電話ボックスのアクリル板につけた1981から1983年の3年手帳に万年筆で書込みをしていた。
このあと、ももこの同窓生7〜8人に電話をかけた。
7〜8人の同窓生に対してももこと最後に会った日をたずねたが、7〜8人とも『おぼえていない』と返答した。
結局、ももこの身になにがあったのかを知ることはできなかった。
……………………………
(ピーッ、ゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトン…ボーッ、シュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュ…ゴーッ…)
それからまた2時間後であった。
私は、浜田駅から山陰本線《さんいんせん》と山口線の各駅停車《どんこう》とSLやまぐち号と山陽新幹線《しんかんせん》を乗り継いで広島駅へ向かった。
きょう1日かけてももこの同窓生たちに電話をかけてももこの身になにがあったのかをたずねた。
しかし、明確な回答を得ることができなかった。
…………………………
時は、夕方6時40分頃であった。
またところ変わって、国鉄広島駅の南口(在来線口)のコンコースにて…
ショルダーバックを持って新幹線から降りた私は、つかれた表情を浮かべながら歩いていた。
この時、女性の声が聞こえた。
「ヨシタカさん!!」
私が後ろをふりかえった時であった。
三永《みえ》さんが大きく手をふりながら私のもとにやってくる様子が見えた。
私は、三永《みえ》さんに対して声をかけた。
「三永《みえ》さん!!こっちこっち!!」
三永《みえ》さんは、私に対して声をかけた。
「ヨシタカさん、無事でよかった〜」
「ああ…私が広島駅《ここ》にいることがよくわかったね。」
「ええ。」
三永《みえ》さんは、私に対して声をかけた。
「ヨシタカさん。」
「三永《みえ》さん。」
「夕飯《ごはん》は…まだ…よね。」
「ああ。」
「どこかこの近くにあるお店に行きましょう。」
「分かった。」
このあと、三永《みえ》さんと私は駅の外へ出た。
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