大河ドラマ・乳房星(たらちねぼし)
【海を見る女】
(ボーッ、ボーッ、ボーッ、ボーッ…)
時は、午後2時半頃であった。
三永《みえ》さんと私は、広島宇品港《うじなこう》から松山行きの瀬戸内海汽船のクルーズフェリーに乗って再び旅に出た。
港の構内に出航を知らせる汽笛が鳴り響いた。
……………………
またところ変わって、二等客室(カーペット席)にて…
カーペットの上に、1981〜1983年の3年手帳がひらいた状態で置かれていた。
私は、万年筆を使ってメモパッドに記載されている内容を手帳に転記する作業をしていた。
三永《みえ》さんは、カベにもたれた状態で眠っていた。
……………………
(ザザーン、ザザーン、ザザーン…)
時は、夕方6時5分頃であった。
またところ変わって、松山観光港から北東へ700メートル先にある漁港にて…
付近にあるビーチの浪の音がここに聞こえていた。
三永《みえ》さんと私は、夕暮れ時の海を見つめながら話をした。
「ヨシタカさん。」
「なに?」
「ももこのことでほかに分かったことはあるの?」
「ああ、あるよ…ちょっと待ってね。」
私は、ショルダーバックの中に収納されていたメモパッドを取り出したあと『え~と』と言いながら所定のページをめくった。
所定のページをひらいたあと、私は三永《みえ》さんに声をかけた。
「ももこの実家にいそうろうしていたあのクソいとこは、母親方のめいごであった…則本温子《のりもとはるこ》、41歳…いそうろうしていた当初は30歳ぐらいだった…子どもさんは2人いた…上が男の子、下は女の子であった…いそうろうしていた当初、子どもさんは5歳と3歳だった。」
「今の年齢は?」
「16と14…になった。」
「一緒に暮らしているの?」
「いや、暮らしてない…上の男の子は中学を卒業したあと夫方の《ダンナカタ》の筆頭主《コシュ》の命令で陸自の男子校へ行かされた…下の女の子については、中学を卒業したあとは筆頭主《コシュ》の友人の紹介で関東にある寄宿制の女学院《じょしこう》へ強制的に進学する予定で…2人の子どもさんは逃げ場をなくしたよ。」
「温子《はるこ》は、育児はしていなかったのね。」
「ああ…2人のお子さんは、温子《はるこ》が産んだ子どもじゃないのだよ…2人のお子さんは、ダンナの連れ子だった。」
「ダンナの連れ子?」
「ああ…温子《はるこ》のダンナ・一祝夫《にのまえのりお》は、離婚歴があった。」
「離婚歴があったのね。」
「ああ…二度ほどあった…一人目の妻は、一《いえ》の筆頭主《コシュ》の命令でお見合い結婚した…『胎内にいる赤ちゃんに父親がいないと不利になるとは思わないのか!!』と筆頭主《コシュ》に厳しく言われたので仕方なく受けたんだよ。」
「最初の奥さまの胎内にいた赤ちゃんのほんとうの父親は誰なの?」
「最初の妻の男友達だよ…集団レイプの被害を受けたことによって…妊娠したのだよ。」
「二人目の女の子の父親は?」
「祝夫《ダンナ》の子だが、実の母親は祝夫《ダンナ》から暴行の被害を受けたOLさんだった…あの時、祝夫《ダンナ》は大量に酒を浴びていた。」
「…ってことは…通り魔レイプ。」
「ああ…ことの次第を聞いた妻は、ナイフで首を切って命を絶った。」
「この時、二人目の女の子が被害者の女性の胎内にいたのね。」
「祝夫《ダンナ》は、筆頭主《コシュ》の命令で筆頭主《コシュ》の知人の知人のそのまた知人の紹介で家柄のいい娘さんとサイコンした…二人目の女の子は、一《いえ》が養女で引き取る形でやってきた。」
「2度目の奥さまは…その後どうなったのよ?」
「2度目の奥さまは、交通死亡事故で亡くなった。」
「それじゃあ、温子《はるこ》はどうやって知り合ったのよ?」
「その部分については、まだ聞いてないんだよ。」
「そう。」
「わかっている話はそこまでだ。」
「分かったわ。」
……………………………
(ブロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ…)
時は、夜9時頃であった。
三永《みえ》さんと私は、県道松山港線〜国道437号線〜県道伊予松山港線を歩いて郡中方面へ向かった。
この時間、2人は松前町筒井の東レ愛媛工場前の歩道を歩いていた。
たくさんの自動車が車道を走っていた。
2人は、つかれた表情を浮かべながら歩いていた。
放浪《このたび》は…
いつになれば終わるのか…
こんなフラフラした暮らしは…
もうイヤだ…
…………………………
時は、午後2時半頃であった。
三永《みえ》さんと私は、広島宇品港《うじなこう》から松山行きの瀬戸内海汽船のクルーズフェリーに乗って再び旅に出た。
港の構内に出航を知らせる汽笛が鳴り響いた。
……………………
またところ変わって、二等客室(カーペット席)にて…
カーペットの上に、1981〜1983年の3年手帳がひらいた状態で置かれていた。
私は、万年筆を使ってメモパッドに記載されている内容を手帳に転記する作業をしていた。
三永《みえ》さんは、カベにもたれた状態で眠っていた。
……………………
(ザザーン、ザザーン、ザザーン…)
時は、夕方6時5分頃であった。
またところ変わって、松山観光港から北東へ700メートル先にある漁港にて…
付近にあるビーチの浪の音がここに聞こえていた。
三永《みえ》さんと私は、夕暮れ時の海を見つめながら話をした。
「ヨシタカさん。」
「なに?」
「ももこのことでほかに分かったことはあるの?」
「ああ、あるよ…ちょっと待ってね。」
私は、ショルダーバックの中に収納されていたメモパッドを取り出したあと『え~と』と言いながら所定のページをめくった。
所定のページをひらいたあと、私は三永《みえ》さんに声をかけた。
「ももこの実家にいそうろうしていたあのクソいとこは、母親方のめいごであった…則本温子《のりもとはるこ》、41歳…いそうろうしていた当初は30歳ぐらいだった…子どもさんは2人いた…上が男の子、下は女の子であった…いそうろうしていた当初、子どもさんは5歳と3歳だった。」
「今の年齢は?」
「16と14…になった。」
「一緒に暮らしているの?」
「いや、暮らしてない…上の男の子は中学を卒業したあと夫方の《ダンナカタ》の筆頭主《コシュ》の命令で陸自の男子校へ行かされた…下の女の子については、中学を卒業したあとは筆頭主《コシュ》の友人の紹介で関東にある寄宿制の女学院《じょしこう》へ強制的に進学する予定で…2人の子どもさんは逃げ場をなくしたよ。」
「温子《はるこ》は、育児はしていなかったのね。」
「ああ…2人のお子さんは、温子《はるこ》が産んだ子どもじゃないのだよ…2人のお子さんは、ダンナの連れ子だった。」
「ダンナの連れ子?」
「ああ…温子《はるこ》のダンナ・一祝夫《にのまえのりお》は、離婚歴があった。」
「離婚歴があったのね。」
「ああ…二度ほどあった…一人目の妻は、一《いえ》の筆頭主《コシュ》の命令でお見合い結婚した…『胎内にいる赤ちゃんに父親がいないと不利になるとは思わないのか!!』と筆頭主《コシュ》に厳しく言われたので仕方なく受けたんだよ。」
「最初の奥さまの胎内にいた赤ちゃんのほんとうの父親は誰なの?」
「最初の妻の男友達だよ…集団レイプの被害を受けたことによって…妊娠したのだよ。」
「二人目の女の子の父親は?」
「祝夫《ダンナ》の子だが、実の母親は祝夫《ダンナ》から暴行の被害を受けたOLさんだった…あの時、祝夫《ダンナ》は大量に酒を浴びていた。」
「…ってことは…通り魔レイプ。」
「ああ…ことの次第を聞いた妻は、ナイフで首を切って命を絶った。」
「この時、二人目の女の子が被害者の女性の胎内にいたのね。」
「祝夫《ダンナ》は、筆頭主《コシュ》の命令で筆頭主《コシュ》の知人の知人のそのまた知人の紹介で家柄のいい娘さんとサイコンした…二人目の女の子は、一《いえ》が養女で引き取る形でやってきた。」
「2度目の奥さまは…その後どうなったのよ?」
「2度目の奥さまは、交通死亡事故で亡くなった。」
「それじゃあ、温子《はるこ》はどうやって知り合ったのよ?」
「その部分については、まだ聞いてないんだよ。」
「そう。」
「わかっている話はそこまでだ。」
「分かったわ。」
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(ブロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ…)
時は、夜9時頃であった。
三永《みえ》さんと私は、県道松山港線〜国道437号線〜県道伊予松山港線を歩いて郡中方面へ向かった。
この時間、2人は松前町筒井の東レ愛媛工場前の歩道を歩いていた。
たくさんの自動車が車道を走っていた。
2人は、つかれた表情を浮かべながら歩いていた。
放浪《このたび》は…
いつになれば終わるのか…
こんなフラフラした暮らしは…
もうイヤだ…
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