大河ドラマ・乳房星(たらちねぼし)

【同じ空の下】

(ゴーッ…)

時は、5月15日の朝7時半頃であった。

A・Bの2班のメンバーたち110人が乗っている専用機が松山空港に到着した。

A・Bの2班のメンバーたち110人は、専用機から降りたあとタラップ下に停まっているJR四国バスのロゴ入りの120人乗りの特大バスに乗り込んだ。

(ブロロロ…)

それから30分後であった。

A・Bの2班のメンバーたちが乗り込んだ120人乗りの特大バスが松山空港から出発した。

バスは、空港道路から国道196号線を通って目的地へ向かった。

バスは、朝9時過ぎに松山市堀江町にある三浦工業本社の正面玄関前に到着した。

A・Bの2班のメンバーたち110人は、バスから降りたあと本社の館内に入った。

その後、待機していた係員さんと一緒に会議室へ移動した。

この日は、ボイラー機種全製品の新規購入契約の手続きと設置工事などの打ち合わせなどを行なう予定である。

財産書に記載されている全建築物とトロンヘイムの造船所で建造中の超特大豪華客船すべてに三浦工業《みうら》の機種を設置する予定である。

朝9時半頃であった。

ところ変わって、社内の会議室にて…

A・Bの2班のメンバーたち110人は、商談に必要な資料をテーブルの上にていねいに並べた。

ゆかさんは、ウェンビンさんに対して必要な資料はすべてそろっているかどうかとたずねた。

「ウェンビンさん、必要な資料はそろったの?」
「えーと、あとは世界の国と地域別の電圧表のみです。」

ウェンビンさんは、カバンの中から世界各地の国・地域ごとの電圧数が表記された電圧表が保管されているファイルを取り出した。

私は、アタッシュケースの中から必要な書類を取り出した。

B班のメンバーたちも、必要な書面をカバンの中から取り出す作業などをしていた。

その一方で、50人の子守女さんたちと風香《フー》ちゃんは、コーヒーを作る準備に取りかかった。

5人の子守女さんたちは、サントリー天然水の2リットルのペットボトルに入っているミネラルウォーターをコーヒーメーカーの給水タンクに入れて、タンクのフタを閉じた。

4人は、大きめのケースから取り出したデロンギのコーヒーメーカー3台のコンセントをビクターケンウッドの持ち運び式の電源装置の3ヶ所の差し込み口に差し込んで電源を入れた。

つづいて、風香《フー》ちゃんがスタバで購入したハウスブレンドのコーヒー豆をミルの中に入れて豆を挽く作業を始めた。

あとの41人は、保温力の高いステンレスのマグカップを各テーブルにていねいに並べるなどの作業に取り組んだ。

9時55分頃であった。

販売担当と海事部を兼務している秀悟《しゅうご》さんとスタッフさんたち10人が会議室に入室した。

A・Bの2班のメンバーたち110人は、初対面のごあいさつを交わすために席を立った。

「イワマツグループのみなさま、おはようございます。」
「おはようございます。」
「初めまして、私《わたくし》は海外事業部の部長の蔵本《くらもと》と申します。」

まず、ゆかさんが秀悟《しゅうご》さんと初対面のごあいさつを交わした。

つづいて、A・Bの2班のメンバーたち108人が秀悟《しゅうご》さんと初対面のごあいさつを交わした。

そして最後に、私が秀悟《しゅうご》さんと初対面のごあいさつを交わした。

初対面のごあいさつをかわしたあと、商談を始めた。

ゆりさんは、子守女さんたちに対して『コーヒーはまだ?』と言うた。

「あなたたち!!」
「はい…」
「コーヒーはまだ!?」
「今、いれてます。」
「早くしなさい!!」

端にいたゆかさんが『しょうがないわねもう~』とつぶやきながら、子守女さんたちのもとへやって来た。

ゆかさんは、子守女さんたちに『風香《フー》ちゃんが待っているわよ…』と目で伝えた。

風香《フー》ちゃんは、ステンレス製のマグカップがたくさんのっている大きめのお盆をゆっくりと手にしたあと、秀悟《しゅうご》さんとスタッフさんたちとイワマツグループのA・Bの2班のメンバーたち109人にコーヒーをていねいに配った。

みなさまにコーヒーが行き渡ったあと、商談が始まった。

業務用の特大サイズのボイラー機器と特大サイズの浄水機器・水道管をサビから守るための装置(Zプリサーバー)・船舶用のボイラー機器と浄水機器・ホームソフナー(水道水を軟水に換える装置・『軟太郎』『美肌っ子』)…

建物ごとに使用する全機種のセールスポイントなどの説明を受けた。

それから30分後であった。

海外事業部のスタッフさんたち5人と海外販売担当の男性とスタッフさんたち5人が新機種全製品のサンプルを持って会議室に入った。

A・Bの2班のメンバーたち110人は、新機種全製品のサンプルをじっくりと拝見した。

海外販売のスタッフさんたちは、サンプルを使って新機種のセールスポイントなどをていねいに説明した。

午前中の商談は、正午に終了した。

A・Bの2班のメンバーたち110人は、予め注文していた『さち』(松山市空港通りにある仕出し弁当工場)の日替わり弁当でランチを摂った。

午後の商談は、1時頃に始まった。

新機種を購入する手続きと設置工事の日取りは、午後2時頃にすべてまとまった。

諸費用は、超大金が入っている大量買い用口座で決済する。

1日の日程は、午後2時半頃に終了した。

時は、午後3時頃であった。

A・Bの2班のメンバーたち110人は、本社の近くにあるミウラートヴィレッジ(美術館)にいた。

A・Bの2班のメンバーたち110人は、ゆっくりとした足取りで芸術鑑賞を楽しんだ。

三浦工業の創業者・三浦保《みうらたもつ》氏(1928年~1996年)が生前愛した美術品・骨とう品の数々と三浦氏自身が製作した陶芸品の数々が館内にたくさん展示されていた。

三浦工業の創業者・三浦保《みうらたもつ》氏は、1928年に松山市で誕生した。

徳島工業専門学校を卒業後、企業人を経て御父様《おとうさま》のあとをついで経営者になられた。

1959年に、今の三浦工業の前進の三浦製作所が創業した。

経営者として多忙をきわめるかたわら、日本古来伝統芸術の能・書・絵画をたしなむ…

1969年に、陶芸品の製作を始めた。

独学で製作した陶芸品は、現代芸術の最先端・ニューヨークで高く評価された。

美術品コレクターとしても有名であった三浦氏は『良質な美術品を地域のみなさまや従業員さんたちに幅広く鑑賞してほしい…』と言う思いを胸に、美術館を開館させることを決めたと同時に、国内外から優れた美術品の収集を始めた。

三浦氏は、1996年9月9日に天に召された。

ミウラートヴィレッジが開館したのは、それから2年後の1998年であった。

(三浦保《みうらたもつ》氏の足跡《そくせき》については、『ミウラートヴィレッジ』のホムペよりバッスイしました)

A・Bの2班のメンバーたち110人は、三浦氏が生前愛した美術品の数々と三浦氏が製作した陶芸品の数々をじっくりと鑑賞しながら故人の功績の数々に思いをはせた。
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