大河ドラマ・乳房星(たらちねぼし)

【哀愁波止場】

8月24日と25日は、脱獄した小久里《おぐり》の調査をするために大西町にある大井造船所《へいのないけいむしょ》へ行った。

私は、現地の職員から小久里《おぐり》のことについて話を聞いた。

今のところ、小久里《おぐり》が発見されたと言う情報はなかった。

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(ブロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ…)

時は、8月25日の夕方4時半頃であった。

私は、小西(国道沿いにある)のバス停から松山市駅行きの特急バスに乗って再び旅に出た。

バスは、国道196号線の海岸沿いの道を走行していた。

バスの窓に夕暮れの色に染まっている海が写っていた。

私は、夕暮れの色に染まった海を見つめながら美空ひばりさんの歌で『哀愁波止場』を歌っていた。

…………………………

時は、夕方5時半頃であった。

バスがいよてつバスの北条詰所に到着した。

ショルダーバックを持ってバスから降りた私は、歩いて国鉄伊予北条駅へ向かった。

この日は、国鉄伊予北条駅前にある旅館に宿泊した。

………………………………

時は、8月26日の明け方5時40分頃であった。

ところ変わって、宿泊している旅館の部屋にて…

テーブルの上には、1981〜1983年の3年手帳とメモパッドと万年筆と中型のらくれん牛乳の紙パック牛乳が置かれていた。

私は、万年筆を使ってメモパッドに書かれている内容を手帳に転記する作業を一晩かけて行っていた。

この時、作業が一息ついたので万年筆をテーブルに置いた。

その後、紙パックのらくれん牛乳をあけたあと飲みかけの牛乳を半分のんだ。

つづいて、私はキオスクで購入したパスコのつぶあんぱんの袋をあけたあと中からつぶあんぱんを取り出した。

私がつぶあんぱんを食べていた時であった。

(ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…グラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラ…)

この時、やや強い地震が発生した。

私がいる部屋がガタガタと揺れていた。

「なに…なんなのだ一体!!」

揺れは約1分間続いたあとおさまった。

ラジオのニュースによると、明け方5時45分頃に大分県沖を震源とする強い地震が発生した。

最大震度は、大分県中部と北部で震度5強だった。

愛媛県は、震度4であった。

……………………………

それからまた1時間後であった。

私は、ショルダーバックに物を収納する作業に取り組んでいた。

その時であった。

(ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリン!!ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリン!!)

部屋に備え付けの四角のハンドル式の黒電話機からけたたましいベルが鳴り響いた。

「出るよ!!」

私は、受話器を取ったあと話をした。

「はいコリントイワマツヨシタカグラマシー!!…つないでください!!」

(プルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル…カチャ…)

電話がつながったあと話をした。

「はいもしもしコリントイワマツヨシタカグラマシーでございます!!」

…………………………

またところ変わって、垂水市にある徳田さんの家にて…

徳田さんの奥さまは、受話器越しにいる私に声をかけた。

「コリントイワマツヨシタカグラマシーさま、徳田の家内でございます…コリントさま、テレビで地震のニュースを聞いたので心配になってお電話をおかけしました。」

私は、受話器越しにいる徳田さんの奥さまに声をかけた。

「愛媛県《こちら》は震度4でした…予讃本線《てつどう》が点検のために運行を止めていると言うことは聞いてますが…被害状況がどうなっているのかは聞いてません。」

徳田さんの奥さまは、受話器越しにいる私に対して声をかけた。

「そうですか…分かりました…あの…話を変えますが…コリントさまが最後に主人と会われたのはいつ頃でしたか?」

私は、受話器越しにいる徳田さんの奥さまに対して声をかけた。

「徳田さんと最後に会われたのは8月22日です…垂水の港から桜島のフェリー乗り場まで一緒の車に乗っていきました…桜島のフェリー乗り場で別れました…私はその後…フェリーに乗って…鴨池桟橋《むかいのさんばし》へ行きました…徳田さんは、フェリーに乗り込んだ私を見送るために岸壁にいました…徳田さんを最後に見たのは桜島のフェリー乗り場でした…ええ…それ以降はお会いしていません…あの…どうかなされましたか?…もしもし奥さま…えっ…キャッチ(ホン)入った…分かりました…お待ちしています。」

その後、キャッチホンが入ったので会話は一時中断した。

(プルルルルルル…カチャ…)

再び電話がつながった。

受話器のスピーカーから徳田さんの奥さまの声が聞こえた。

「もしもしコリントさま、お待たせしました。」
「ああ奥さま、どちらからお電話があったのですか?」

徳田さんの奥さまは、受話器越しにいる私に対して声をかけた。

「コリントさま大変です!!さきほど鹿屋の警察署から電話がかかってきました。」

私は、受話器越しにいる徳田さんの奥さまに声をかけた。

「鹿屋の警察署から電話がかかって来た…声がおかしい男の声で言うてた…もしかしたらそれ…脅迫電話ですよ!!…ええ…なんだって…小久里《おぐり》を見つけ次第…ハイセキするぞ…ハイセキ…もしもし奥さま…奥さま!?」

徳田さんの奥さま、グスングスンと泣きながら受話器越しにいる私に声をかけた。

「コリントさま…主人がボウキョに出てしまったかもしれない…主人は前々から『小久里《おぐり》をぶっ殺してやる!!』と言うて怒鳴り声をあげたなど…精神面が不安定になっていたのです。」
「精神面が不安定になっていた!?」
「ええ。」

私は、受話器越しにいる徳田さんの奥さまに対して声をかけた。

「奥さま、今から鹿屋の警察署へ行きます!!…はい、はい、はい!!」

…………………………

(ゴーッ…)

それからまた3時間後であった。

私は、松山空港から宮崎行きの東亜国内航空機に乗って再び旅に出た。

宮崎ブーゲンビリア空港に飛行機が到着したのは、午前11時50分頃であった。

(ブロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ…)

それからまた2時間後であった。

私は、空港付近でヒッチハイクした長距離トラックに乗って鹿屋市へ向かった。

鹿屋市に到着したのは、夜遅い時間であった。

奥さんからの話によると、徳田さんが行方不明になった翌日に30代の主婦が誘拐された事件が発生したと聞いた。

誘拐された主婦の安否は不明であった。

一体なにがどうなっているのだ…

徳田さんの身に…

なにがあったと言うのだ…

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