大河ドラマ・乳房星(たらちねぼし)
【愛の終着駅・その3】
それからまた2時間後であった。
テーブルの上には、1981〜1983年の3年手帳が置かれていた。
私は、万年筆を使ってメモパッドに記載されている内容を手帳に転記する作業をしていた。
(ガラッ…)
そんな中であった。
私がいる部屋のふすまがひらいた。
ふすまのあいだから紫色の和服姿の仲居さんが現れた。
紫色の和服姿の仲居さんは、正座した状態で私に声をかけた。
「コリントさま。」
「はい。」
「お客さまがお越しになられました。」
「お願いします。」
このあと、熊代さんの奥さまが部屋に入った。
熊代さんの奥さまは、私に対して声をかけた。
「コリントさま。」
「ああ、熊代さんの奥さまでございますね。」
「はい、熊代の家内でございます。」
「ああ、どうぞお入りくださいませ。」
…………………………
それからまた10分後であった。
熊代さんの奥さまと私は、向かいあった状態で座っていた。
私が座っているテーブルの上には、ゼブラシャーボーの本体とメモパッドが置かれていた。
私は、奥さまに対してひなこさんが日奈久《こちら》に滞在していると聞いたことを伝えた。
奥さまは、私に対してひなこさんが亡くなっていたことを伝えた。
私は、おどろいた声で言うた。
「えっ!?ひなこさんが亡くならたって…ほんとうですか!?」
「はい。」
「それはいつ頃ですか!?」
「わかりません。」
「そうですか。」
奥さまは、私に対して声をかけた。
「コリントさま。」
「なんでしょうか?」
「コリントさまは何年の生まれですか?」
「1923年の11月末です…もうすぐカンレキを迎えます。」
「もうすぐカンレキを迎えられるのですね…コリントさまが実のお母さまとお別れしたのはいくつでしたか?」
「2歳9ヶ月の夏の終わり頃…1926年の8月末です…場所は…マンシュウリの草原でした。」
「1926年。」
「はい、そうです。」
奥さまは、私に対してこう言うた。
「コリントさま。」
「はい。」
「わたくしは…コリントさまの実のご両親が暮らしていた家の近くで暮らしていたことがありました。」
「奥さま、それはいつ頃ですか!?」
「たしか…コリントさまがおかあさまとお別れしてから…2〜3年後でした。」
「奥さまは、1928年から1929年頃までのあいだに現地(マンシュウリ)に移住なされたのですね。」
「はい。」
「奥さまはその時、いくつでしたか?」
「わたくしはその時…9つでした。」
「9つでしたね…と言うことは…終戦の日(1945年8月15日)も現地で迎えられたのですね。」
「はい、そうです。」
「分かりました。」
私は、ゼブラシャーボーのシャープペンシルを使ってメモパッドにメモ書きをしたあと余白のページをひらいた。
その後、私は奥さまに声をかけた。
「あの〜…奥さまに2〜3点おたずねしたいことがございますがよろしいでしょうか?」
「はい。」
「ですがその前にひとつだけおたずねしたいことがございますがよろしいでしょうか?」
「いいですよ。」
「奥さまのご実家の家族は何人いましたか?」
「たしか…両親ときょうだいたち8人でした…きょうだいたちは、上に兄が4人…下に弟3人がいました。」
私は、ゼブラシャーボーのシャープペンシルを使ってメモ書きをしたあと、奥さまに声をかけた。
「分かりました…あの…奥さまの実家のご家族たちが移住なされた場所は?」
「農村地帯でした。」
「農村地帯。」
私は、ゼブラシャーボーのシャープペンシルを使ってメモ書きをしたあと奥さまに声をかけた。
「分かりました…それでは本題に入ります。」
私は『え~とですね〜』と言いながらメモパッドの余白のページをひらいたあと奥さまに声をかけた。
「奥さまの実家のご家族たちが移住したあと終戦の日まで現地(マンシュウリ)で暮らしていたことが分かりました…奥さまは、私の実のご両親をよくお見かけになられたのですね。」
「はい…たしか…80代くらいのご高齢の男性と20代半ばの若い女性と…あと、もう一人いたと思います。」
「なんだって…あと一人いた?」
「はい。」
「その…あと一人の方とは?」
「若い男性だったと思います。」
「若い男性?」
「はい。」
私は、ゼブラシャーボーのシャープペンシルを使ってメモ書きをしたあと奥さまに声をかけようとした。
奥さまは、私に対して声をかけた。
「コリントさま。」
「はい。」
「コリントさまがお生まれになられた時、おかあさまはおいくつでしたか?」
「私がお生まれになった時ですか?」
「はい。」
「たしか…19でした…マンシュウリの草原で別れた時は…22になったばかりでした。」
奥さまは、私に対して声をかけた。
「そう言えば…例の若い男性は…コリントさまのおかあさまよりも5歳年下でした。」
「その当時、実母《はは》は24か25だったので…男は…19か20歳…」
「はい。」
「奥さま、その若い男性は私の実の両親とどんな関係があったのですか?」
「さあ、聞いてない…わね〜」
「そうですか。」
話はそこで終わった。
結局、実母とセヴァスチャンじいさんの家庭《いえ》の詳細な話を聞くことはできなかった。
……………………………
テーブルの上には、1981〜1983年の3年手帳が置かれていた。
私は、万年筆を使ってメモパッドに記載されている内容を手帳に転記する作業をしていた。
(ガラッ…)
そんな中であった。
私がいる部屋のふすまがひらいた。
ふすまのあいだから紫色の和服姿の仲居さんが現れた。
紫色の和服姿の仲居さんは、正座した状態で私に声をかけた。
「コリントさま。」
「はい。」
「お客さまがお越しになられました。」
「お願いします。」
このあと、熊代さんの奥さまが部屋に入った。
熊代さんの奥さまは、私に対して声をかけた。
「コリントさま。」
「ああ、熊代さんの奥さまでございますね。」
「はい、熊代の家内でございます。」
「ああ、どうぞお入りくださいませ。」
…………………………
それからまた10分後であった。
熊代さんの奥さまと私は、向かいあった状態で座っていた。
私が座っているテーブルの上には、ゼブラシャーボーの本体とメモパッドが置かれていた。
私は、奥さまに対してひなこさんが日奈久《こちら》に滞在していると聞いたことを伝えた。
奥さまは、私に対してひなこさんが亡くなっていたことを伝えた。
私は、おどろいた声で言うた。
「えっ!?ひなこさんが亡くならたって…ほんとうですか!?」
「はい。」
「それはいつ頃ですか!?」
「わかりません。」
「そうですか。」
奥さまは、私に対して声をかけた。
「コリントさま。」
「なんでしょうか?」
「コリントさまは何年の生まれですか?」
「1923年の11月末です…もうすぐカンレキを迎えます。」
「もうすぐカンレキを迎えられるのですね…コリントさまが実のお母さまとお別れしたのはいくつでしたか?」
「2歳9ヶ月の夏の終わり頃…1926年の8月末です…場所は…マンシュウリの草原でした。」
「1926年。」
「はい、そうです。」
奥さまは、私に対してこう言うた。
「コリントさま。」
「はい。」
「わたくしは…コリントさまの実のご両親が暮らしていた家の近くで暮らしていたことがありました。」
「奥さま、それはいつ頃ですか!?」
「たしか…コリントさまがおかあさまとお別れしてから…2〜3年後でした。」
「奥さまは、1928年から1929年頃までのあいだに現地(マンシュウリ)に移住なされたのですね。」
「はい。」
「奥さまはその時、いくつでしたか?」
「わたくしはその時…9つでした。」
「9つでしたね…と言うことは…終戦の日(1945年8月15日)も現地で迎えられたのですね。」
「はい、そうです。」
「分かりました。」
私は、ゼブラシャーボーのシャープペンシルを使ってメモパッドにメモ書きをしたあと余白のページをひらいた。
その後、私は奥さまに声をかけた。
「あの〜…奥さまに2〜3点おたずねしたいことがございますがよろしいでしょうか?」
「はい。」
「ですがその前にひとつだけおたずねしたいことがございますがよろしいでしょうか?」
「いいですよ。」
「奥さまのご実家の家族は何人いましたか?」
「たしか…両親ときょうだいたち8人でした…きょうだいたちは、上に兄が4人…下に弟3人がいました。」
私は、ゼブラシャーボーのシャープペンシルを使ってメモ書きをしたあと、奥さまに声をかけた。
「分かりました…あの…奥さまの実家のご家族たちが移住なされた場所は?」
「農村地帯でした。」
「農村地帯。」
私は、ゼブラシャーボーのシャープペンシルを使ってメモ書きをしたあと奥さまに声をかけた。
「分かりました…それでは本題に入ります。」
私は『え~とですね〜』と言いながらメモパッドの余白のページをひらいたあと奥さまに声をかけた。
「奥さまの実家のご家族たちが移住したあと終戦の日まで現地(マンシュウリ)で暮らしていたことが分かりました…奥さまは、私の実のご両親をよくお見かけになられたのですね。」
「はい…たしか…80代くらいのご高齢の男性と20代半ばの若い女性と…あと、もう一人いたと思います。」
「なんだって…あと一人いた?」
「はい。」
「その…あと一人の方とは?」
「若い男性だったと思います。」
「若い男性?」
「はい。」
私は、ゼブラシャーボーのシャープペンシルを使ってメモ書きをしたあと奥さまに声をかけようとした。
奥さまは、私に対して声をかけた。
「コリントさま。」
「はい。」
「コリントさまがお生まれになられた時、おかあさまはおいくつでしたか?」
「私がお生まれになった時ですか?」
「はい。」
「たしか…19でした…マンシュウリの草原で別れた時は…22になったばかりでした。」
奥さまは、私に対して声をかけた。
「そう言えば…例の若い男性は…コリントさまのおかあさまよりも5歳年下でした。」
「その当時、実母《はは》は24か25だったので…男は…19か20歳…」
「はい。」
「奥さま、その若い男性は私の実の両親とどんな関係があったのですか?」
「さあ、聞いてない…わね〜」
「そうですか。」
話はそこで終わった。
結局、実母とセヴァスチャンじいさんの家庭《いえ》の詳細な話を聞くことはできなかった。
……………………………