大河ドラマ・乳房星(たらちねぼし)
【かなしい唇】
伊佐山《いさやま》さんの娘さんは、私に対してこう言うた。
「熊代の奥さまがおっしゃられた話は、うちの裏手で暮らしていた輿石《こしいし》さん方の家のお父さまと息子と嫁の三角関係による深刻な揉め事でありました…熊代の奥さまは輿石《こしいし》さん方の問題をコリントさまのご両親のことにすり替えておっしゃられたのです。」
「よくわかりました…それでは、私の実の両親はどんな暮らしをなされていたのですか?」
「1935年頃までは、普通に暮らしていました…ところが、1935年頃にコリントさまのお父さまが病に倒れたことで暮らしが一変したのです。」
「その後、セヴァスチャンじいさんが冷凍睡眠《コールドスリープ》にはいられたということですね。」
「はい。」
「では、セヴァスチャンじいさんのことについてはそれで処理しておきます。」
私は、ゼブラシャーボーのシャープペンシルを使ってメモパッドに書き込みをしたあとメモパッドの余白のページをめくった。
「セヴァスチャンじいさんのことについては終わりにしますが…問題は私の実母《はは》のことについてです…セヴァスチャンじいさんが冷凍睡眠《コールドスリープ》にはいられたことで実母《はは》が一人になりました…実母《はは》はその後、どうなったのですか?」
「日本《ないち》へ一度帰りました。」
私は、ゼブラシャーボーのシャープペンシルを使ってメモパッドに『実母《ママ》はいったん日本《ないち》へ帰った。』と書いたあと娘さんに声をかけた。
「その後は、親御《おや》の言いなりで違う相手《おあいて》と結婚なされたのでしょうか?」
「はい…そうです。」
「その方は、どちらの家のご子息だったのですか?」
「主人のいとこにあたる人です…当時、38歳の背の高いハンサムの男性《ひと》でした。」
私は、ゼブラシャーボーを使ってメモパッドに『背の高いハンサムの男性《ひと》とサイコンした』と書き込んだあと娘ムコさんに声をかけた。
「ダンナさまにおたずねしますが、私の実母《はは》のサイコン相手のご実家はどちらにございましたか?」
「たしか、広島市《ひろしま》の紙屋町《かみやちょう》にある紙問屋《とんや》でした。」
「紙問屋《とんや》?」
「はい。」
「実母《はは》は、サイコン相手の実家の紙問屋《とんや》で暮らしていたのですね。」
「コリントさまのおかあさまがサイコン相手方の実家《いえ》で暮らしていたのは、1939年の秋まででした。」
「その後はどうなったのですか?」
「サイコン相手の方が満蒙開拓団《かいたくだん》になったことを機に、再び満州へ渡りました。」
「そうですか…と言うことは、伊佐山《いさやま》さん方のご家族のみなさま方が再び実母《はは》と会うことになったと言うことですね。」
「そうです。」
私は、メモパッドの余白のページをひらいたあと娘さんに声をかけた。
「あの…マンシュウリの地域で活動なされていた満蒙開拓団《かいたくだん》のみなさま方は何人いらっしゃいましたか?」
「さあ、正確な数字《かず》は覚えていませんけど。」
「そうですか…実母《はは》がサイコン相手の男性と一緒にどちらに住まわれていましたか?」
「たしか、コリントさまのご両親がもと暮らしていた家でした。」
「なんだって?もと暮らしいた家でまた暮らし始めた!?」
「はい。」
「分かりました…どう言うイキサツでもと暮らしていた家で生活を始めた…と言うことについてはまたあとでおたずねします。」
私は、メモパッドの余白のページをひらいたあと娘さんに声をかけた。
「話を進めますが…実母《はは》はサイコン相手の男性の方と一緒にマンシュウリで暮らしていました…伊佐山《いさやま》さん方の実家《いえ》のみなさま方はいつ頃まで満州《げんち》に滞在していたのですか?」
「終戦の年(1945年)の8月4日までです。」
「その後は、引き上げにはいられたのですね。」
「はい。」
「サイコン相手の実家はその時どうなっていたのですか?」
「(1945年の)8月6日の朝…一家全員が(原爆投下によって)亡くなりました。」
「サイコン相手方の実家《いえ》の人たちは…亡くなられた。」
「はい。」
私は、ゼブラシャーボーのシャープペンシルを使ってメモパッドに『広島に原爆が投下された日に一家全員が亡くなられた』と書き込んだあと娘さんに声をかけた。
「その頃、実母《はは》のサイコン相手はどうなったのですか?」
娘さんは、ものすごく悲しげな表情で私に言うた。
「コリントさまのおかあさまのサイコン相手は…終戦の1ヶ月前にマラリアで倒れたのです。」
「マラリアで倒れた!?」
「はい。」
娘さんは、その時の様子を私に話した。
「コリントさまのおかあさまのサイコン相手は…マラリアで倒れたあと寝たきりになりました。」
「寝たきりになった!?」
娘ムコさんは、私に対して声をかけた。
「(いとこ)はもともと体が弱かったのです…小さい時に…病気にリカンすることが多かったのです。」
「あの〜、ご主人のいとこさんのお体のことでおたずねしますが、小さい時にわずらったご病気はなんでしたか?」
「たしか…トラコーマ…でした。」
「トラコーマ。」
「はい…他にも、体のあちらこちらが弱っていました。」
「なんてこった。」
私は、ゼブラシャーボーを使ってメモパッドにメモ書きをしたあと娘さんに声をかけた。
「娘さんにおたずねしますが、え~と…実母《はは》のサイコン相手の男性が病に伏せられたあとのことについてですが…実母《はは》の様子はどうだったのですか?」
「すごく…つらい表情を浮かべていました。」
「すごくつらい表情を浮かべていた?」
「はい。」
「その時、実母《はは》はなにかおっしゃられていませんでしたか?」
「たしかその時…コリントさまのおかあさまは生後7ヶ月の赤ちゃんを乳房《むね》に抱っこしていました。」
「赤ちゃんがいた?」
「はい。」
このあと、娘さんは私に対して実母《ママ》が抱えていた深刻な問題を話した。
「熊代の奥さまがおっしゃられた話は、うちの裏手で暮らしていた輿石《こしいし》さん方の家のお父さまと息子と嫁の三角関係による深刻な揉め事でありました…熊代の奥さまは輿石《こしいし》さん方の問題をコリントさまのご両親のことにすり替えておっしゃられたのです。」
「よくわかりました…それでは、私の実の両親はどんな暮らしをなされていたのですか?」
「1935年頃までは、普通に暮らしていました…ところが、1935年頃にコリントさまのお父さまが病に倒れたことで暮らしが一変したのです。」
「その後、セヴァスチャンじいさんが冷凍睡眠《コールドスリープ》にはいられたということですね。」
「はい。」
「では、セヴァスチャンじいさんのことについてはそれで処理しておきます。」
私は、ゼブラシャーボーのシャープペンシルを使ってメモパッドに書き込みをしたあとメモパッドの余白のページをめくった。
「セヴァスチャンじいさんのことについては終わりにしますが…問題は私の実母《はは》のことについてです…セヴァスチャンじいさんが冷凍睡眠《コールドスリープ》にはいられたことで実母《はは》が一人になりました…実母《はは》はその後、どうなったのですか?」
「日本《ないち》へ一度帰りました。」
私は、ゼブラシャーボーのシャープペンシルを使ってメモパッドに『実母《ママ》はいったん日本《ないち》へ帰った。』と書いたあと娘さんに声をかけた。
「その後は、親御《おや》の言いなりで違う相手《おあいて》と結婚なされたのでしょうか?」
「はい…そうです。」
「その方は、どちらの家のご子息だったのですか?」
「主人のいとこにあたる人です…当時、38歳の背の高いハンサムの男性《ひと》でした。」
私は、ゼブラシャーボーを使ってメモパッドに『背の高いハンサムの男性《ひと》とサイコンした』と書き込んだあと娘ムコさんに声をかけた。
「ダンナさまにおたずねしますが、私の実母《はは》のサイコン相手のご実家はどちらにございましたか?」
「たしか、広島市《ひろしま》の紙屋町《かみやちょう》にある紙問屋《とんや》でした。」
「紙問屋《とんや》?」
「はい。」
「実母《はは》は、サイコン相手の実家の紙問屋《とんや》で暮らしていたのですね。」
「コリントさまのおかあさまがサイコン相手方の実家《いえ》で暮らしていたのは、1939年の秋まででした。」
「その後はどうなったのですか?」
「サイコン相手の方が満蒙開拓団《かいたくだん》になったことを機に、再び満州へ渡りました。」
「そうですか…と言うことは、伊佐山《いさやま》さん方のご家族のみなさま方が再び実母《はは》と会うことになったと言うことですね。」
「そうです。」
私は、メモパッドの余白のページをひらいたあと娘さんに声をかけた。
「あの…マンシュウリの地域で活動なされていた満蒙開拓団《かいたくだん》のみなさま方は何人いらっしゃいましたか?」
「さあ、正確な数字《かず》は覚えていませんけど。」
「そうですか…実母《はは》がサイコン相手の男性と一緒にどちらに住まわれていましたか?」
「たしか、コリントさまのご両親がもと暮らしていた家でした。」
「なんだって?もと暮らしいた家でまた暮らし始めた!?」
「はい。」
「分かりました…どう言うイキサツでもと暮らしていた家で生活を始めた…と言うことについてはまたあとでおたずねします。」
私は、メモパッドの余白のページをひらいたあと娘さんに声をかけた。
「話を進めますが…実母《はは》はサイコン相手の男性の方と一緒にマンシュウリで暮らしていました…伊佐山《いさやま》さん方の実家《いえ》のみなさま方はいつ頃まで満州《げんち》に滞在していたのですか?」
「終戦の年(1945年)の8月4日までです。」
「その後は、引き上げにはいられたのですね。」
「はい。」
「サイコン相手の実家はその時どうなっていたのですか?」
「(1945年の)8月6日の朝…一家全員が(原爆投下によって)亡くなりました。」
「サイコン相手方の実家《いえ》の人たちは…亡くなられた。」
「はい。」
私は、ゼブラシャーボーのシャープペンシルを使ってメモパッドに『広島に原爆が投下された日に一家全員が亡くなられた』と書き込んだあと娘さんに声をかけた。
「その頃、実母《はは》のサイコン相手はどうなったのですか?」
娘さんは、ものすごく悲しげな表情で私に言うた。
「コリントさまのおかあさまのサイコン相手は…終戦の1ヶ月前にマラリアで倒れたのです。」
「マラリアで倒れた!?」
「はい。」
娘さんは、その時の様子を私に話した。
「コリントさまのおかあさまのサイコン相手は…マラリアで倒れたあと寝たきりになりました。」
「寝たきりになった!?」
娘ムコさんは、私に対して声をかけた。
「(いとこ)はもともと体が弱かったのです…小さい時に…病気にリカンすることが多かったのです。」
「あの〜、ご主人のいとこさんのお体のことでおたずねしますが、小さい時にわずらったご病気はなんでしたか?」
「たしか…トラコーマ…でした。」
「トラコーマ。」
「はい…他にも、体のあちらこちらが弱っていました。」
「なんてこった。」
私は、ゼブラシャーボーを使ってメモパッドにメモ書きをしたあと娘さんに声をかけた。
「娘さんにおたずねしますが、え~と…実母《はは》のサイコン相手の男性が病に伏せられたあとのことについてですが…実母《はは》の様子はどうだったのですか?」
「すごく…つらい表情を浮かべていました。」
「すごくつらい表情を浮かべていた?」
「はい。」
「その時、実母《はは》はなにかおっしゃられていませんでしたか?」
「たしかその時…コリントさまのおかあさまは生後7ヶ月の赤ちゃんを乳房《むね》に抱っこしていました。」
「赤ちゃんがいた?」
「はい。」
このあと、娘さんは私に対して実母《ママ》が抱えていた深刻な問題を話した。