大河ドラマ・乳房星(たらちねぼし)

【冬の夜】

伊佐山《いさやま》さんの娘さんは、私に対して実母《ママ》が抱えていた深刻な問題について話した。

「コリントさまのおかあさまがうちに来た日は…8月6日の午後でした。」
「8月6日の午後。」
「はい。」
「実母《はは》はその時、なんとおっしゃられたのですか?」
「サイコン相手のご実家がある広島市《ヒロシマ》の中心部に新型爆弾が投下された…都市《まち》が壊滅した…サイコン相手のご実家のみなさま方が亡くなられた…その上にサイコン相手の男性が寝たきりになった…とおっしゃられました。」
「他には?」
「赤ちゃんのことについて話しました…すごく深刻な問題と言うのは…赤ちゃんの今後の人生設計のことについてでした。」
「実母《はは》はその話をどなたに持ちかけたのですか?」
「うちの母でした。」
「おかあさまに話されたのですね。」
「はい…コリントさまのおかあさまは、赤ちゃんの将来設計のことも話しましたが…その前に起きた出来事についても話しました。」
「その前に起きた出来事?」
「はい。」

伊佐山《いさやま》さんの娘さんは、ものすごくつらい表情で私に話した。

……………………………

時は、1945年8月6日の午後のことであった。

ところ変わって、伊佐山《いさやま》さん方の家の広間にで…

広間に生後7ヶ月の赤ちゃんを乳房《むね》に抱っこした実母《ママ》と伊佐山《いさやま》さんの奥さまがいた。

赤ちゃんを抱っこしている実母《ママ》は、伊佐山《いさやま》さんの奥さまに対して悲しげな表情で言うた。

「奥さま…アタシ…すごくつらいのよ…この子の将来設計を考えるゆとりがない…主人は大病で寝たきりになった…主人の実家がある広島に新型爆弾が投下された…アタシの実家《いえ》は…12時間前に発生した(今治の)大空襲《くうしゅう》で爆弾を落とされて…家を焼かれた…実家の家族たちも…亡くなった…アタシは…もう生きて行くことができない…キザエモンさんはどこにいるのか分からない…よーくんの居場所が分からない…奥さま…アタシはもう…お先真っ暗よ!!」

伊佐山《いさやま》さんの奥さまは、困った表情で実母《ママ》に言うた。

「困ったわね。」

実母《ママ》は、伊佐山《いさやま》さんの奥さまに泣きそうな声で言うた。

「あのね奥さま…アタシ…ゴーカンの被害を受けたのよ…7ヶ月前に…近くの川で洗濯をしていたら…20人前後の山賊たちがアタシに近づいてきたの…その後…」

実母《ママ》は、より激しい声をあげて泣き出した。

……………………………

またところ変わって、老健施設《しせつ》の応接間にて…

ことの次第を聞いた私は、おどろいた表情で言うた。

「実母《はは》が20人前後の山賊たちから…ゴーカンの被害を受けた!?」
「はい。」
「実母《はは》は、そのことをサイコン相手の男性に話すことができなかった…とおっしゃられたのですね!!」
「はい。」

伊佐山《いさやま》さんの娘さんは、私に対してより過酷な話しをした。

「うちら家族は、8月9日の午後に引き上げを始めました。」
「その時、伊佐山《いさやま》さんの実家《いえ》のご家族のみなさまはどなたさまたちと一緒にいられたのですか?」
「熊代の奥さまの実家のみなさまと宇城田《うきた》のおかみさんの実家のみなさまとコリントさまのおかあさまとご一緒でした…ですがその最中に…事件が発生したのです。」
「事件が発生した!?」
「はい。」
「その事件と言うのはなんでしょうか!?」
「コリントさまのおかあさまが『家に戻る!!』と言うたのです!!」
「家に戻る…実母《はは》はその後…ほんとうに家に戻られたのですね!?」
「はい。」
「その時、みなさまはどちらにいらっしゃいましたか!?」
「たしか…マンシュウリから65キロ先にある町でした…引き上げ列車が停まっている駅がある町まで5キロ手前でした。」
「日時はいつ頃ですか!?」
「たしか…8月13日頃でした。」
「8月13日。」
「コリントさまのおかあさまは、病気のダンナさまと赤ちゃんを置いてきたと言うたのです…せめて赤ちゃんだけでも連れていきたいと言うたのです…ですが…うちらは必死になって止めました!!」
「だが、実母《はは》は制止をふりきって引き返したのですね!!」
「はい。」
「その後は!?」
「ソ連兵に捕まったあと…消息不明になりました…」
「消息不明…それじゃあ、実母《はは》が伊根町《いね》でサイコン相手と暮らしていたと言うのは…ウソだった!?」
「はい。」

娘ムコさんは、私に対してこう言うた。

「伊根町《いね》で暮らしていた女性はコリントさまのおかあさまと顔は似ていましたが、まったくの別人でした…異父兄弟《きょうだい》と思われる男性の方は、女性の連れ子でした。」

ことの次第を聞いた私は、全身をワナワナと震わせながら怒り狂いながらつぶやいた。

だまされた…

熊代さん夫婦にだまされた…

この怒りを…

どこへぶつければいいのだ…

……………………………

(ブロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ…)

時は、深夜11時過ぎであった。

ショルダーバックを持って再び旅に出た私は、国道33号線から県道伊予川内線を歩いて南予方面へ向かった。

この時間、私は砥部町重光付近を歩いていた。

車道には、自動車がたくさん走っていた。

ショルダーバックを持って歩いている私は、文部省唱歌の『冬の夜』を歌っていた。

もうイヤだ…

こんなフラフラとした暮らしはもうイヤだ…

放浪《このたび》はいつまでつづくのだ…

こんなフラフラした暮らしは…

もうたくさんだ…

………………………………
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