俺様副社長の溺愛注意報 〜秘書ときどき幼馴染のち妻〜
 終業後に今出来る事をやり切ってから時計をみると十九時を回ったところ。あれから話し合いが長引いているのか、三人とも姿は見ていない。
 今日は実家に帰って伯母さんの手料理を食べて、明るい声と笑顔をみて落ち着きたい...
 そう思い彼にメッセージで送ったけれどしばらく既読にならなかったので、先に会社を出ることにした。

 エレベーターでロビーへ降りる途中で、他課の方達も乗り込んでくる。その中に受付の藍田さんの姿を見つけ声をかけた。
 「お疲れ様です。今日は残業ですか?」
 「あ、雪原さん!お疲れ様です!ちょっとやる事が溜まっていて残業してました。今日は車じゃないんですか?」
 「はい、今日はタクシーで帰ろうと思っていて」
 「副社長は会食か何かですか?」と小声で言われたので、曖昧に微笑んで「そんなところです」と答えた。
 そして、駅に向かう彼女と別れ会社前でタクシーを待っていると一人の男性が近づいてきた。
 「雪原絆音さんですよね?副社長の奥様の」
 四十代くらいの髭を生やした男性。顔に見覚えはなく、馴れ馴れしい雰囲気や不気味な笑みにぞくっと寒気がした。
 動けないでいる私に、その男性はネームホルダーの様なものを取り出して見せる。そこには、見覚えのある出版社と雑誌名、その下に記者 永田 俊と書かれていた。
 「あなたにお話を伺いたくて待っていました。お送りした雑誌は見ていただけましたか?」
 じゃあ、この人があの記事を書いた...
 そう理解した途端怖くなり駅の方へと足早に歩き始めたけれど「ご両親の事件のこと、詳しく聞かせてもらえませんか?私、未解決事件を追っている記者でもあるんですよ。だから、あの事件の唯一の生き残りであるあなたに話を聞きたかったんです」そう言いながらついてくる。
 どうしよう...全く引き下がる雰囲気はない。それに私は何も知らないし、知っていてもこの人に教える義理はない。
 「すみません、お話出来る事はありません」
 はっきりとそう言い歩くスピードを早めるけれど、その程度で諦めてくれる記者さんではないよう。
 どうしようかと思いながらも足を止めずに歩き続けていると「雪原さん!」とさっき別れた藍田さんが駆け寄ってきた。
 「どなたですか?警察に通報しますよ?」
 彼女は走ってきた勢いのまま男性をキッと睨みつけそう言い放つ。
 「私は記者です、少しお話を伺っていただけですので通報は勘弁して下さい。ではまたの機会によろしくお願いします」と踵を返しさっさと歩いて行った。
 「雪原さん、大丈夫ですか?記者って言ってましたけど、知っている方ですか?」
 「...ありがとうございます、助かりました」
 「やっぱり待ち伏せでもされていたんですね?すぐに副社長に報告しましょう!タクシーは私が呼ぶので待っていて下さい!」
 「あ、副社長には言わないで下さい!」
 「え?どうしてですか?」
 「...その、まだお仕事中ですし、心配をかけたくないので...」
 「分かりました。とりあえず今タクシーを手配したので来るまで私も一緒に待ちます」
 「すみません、ありがとうございます。でももう大丈夫です、藍田さんは電車に...」
 「嫌です!雪原さんがタクシーに乗る所まで見届けないと私の気が済みません!」
 彼女の気迫に負け、お言葉に甘えてタクシーが来るまで一緒に待って頂いた。
 数分で到着しお礼を伝えてタクシーに乗り込むと「くれぐれもお気をつけて!」と手を振りながら見送ってくれる。
 今日は藍田さんのおかげで助かったけど、あの記者さんは"またの機会に"と言っていた。
 もしまた同じようにどこかで待ち伏せされるのかと思うと、以前ストーカーにあった時と同じような怖さを感じた。

 突然実家に帰ったきた私を、伯父さんと伯母さんは驚きながらも笑顔で迎えてくれ、ちょうどご飯の用意をしていたので私も手伝い一緒に食事をした。
 何も聞かずいつも通りにしてくれて、そのうちに少しずつ心が落ち着いてきた。
 お風呂に入りソファでテレビを見ている伯母さんの隣に座ると「絆音ちゃん、元気ないわね。翔くんと喧嘩でもしたの?」と優しい笑顔を向けてくれる。
 「...ううん、喧嘩はしてない。でも、また少しここでお世話になってもいい?」
 「もちろんいつでも帰ってきていいのよ?でも、きちんと翔くんと話をしてからね?」
 伯母さんの言葉で、そういえばタクシーに乗る前からスマホはカバンに入れたままになっていた事に気がつき、部屋に取りに行こうとするとインターホンが鳴った。
 「あら...翔くんよ?もしかして本当に黙って帰ってきたの?」
 「メッセージは送ったの。でも、返事が来ないままスマホ放置しちゃって....」
 慌てて玄関に行きドアを開けると「絆音...どうして電話に出ないんだよ」と腕をグッと引かれて強く抱きしめられる。
 「...ごめんなさい。スマホ、カバンに入れたままで...」
 「今日はマンションには帰らないってことか?」
 「...今日は、実家に帰りたくて...」
 「...分かった。でもちゃんと話がしたい」
 「...はい」 
 「明日、仕事が終わったら迎えに行く。待っててくれ」
 そう言うと少し顔を傾け近づいてきたけれど、唇が触れる直前で彼はピタッと動きを止めた。
 視線が私の後ろにいっている事に気づいて振り向くと、リビングのドアから二人が覗いている。
 彼はスッと私から離れると二人に頭を下げて「おやすみ」と頭を撫でてから出て行った。
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