桜花彩麗伝

 ほかに“嘉嬪(かひん)”と“麗嬪(れいひん)”というふたりの妾妃(しょうひ)が登場し、主人公とは対立構造が描かれていた。
 子を身ごもることができない身体であるという弱味を、周囲の誰にも隠している主人公は、王との子を成したふたりの妃嬪(ひひん)に嫉妬と恨みを募らせていく。

 やがて男児を出産した嘉嬪は王妃に冊封(さくほう)され、その子は王太子となった。
 また、それから四年後、同じく男児を産んだ麗嬪も位を上げ、正一品の妃となる。その子は王子となり、主人公の立場は着々と(おびや)かされていった。
 もとより栄耀栄華(えいようえいが)を求め入内(じゅだい)した彼女にとって、ふたりの存在は目の上の(こぶ)以外の何ものでもない。

 ひとつ幸いであったのは、嘉氏が生まれつき病弱な体質であったことである。
 入内してからしばらくは安穏(あんのん)に過ごしていたようだが、お産を経てから目に見えて衰弱し、ほとんど殿にこもりきりで()せる日々を送っていた。
 麗妃の子が生を受けたのとほとんど同時期に、王妃・嘉氏は主人公が手を下すまでもなく持病によって息を引き取った。

 喉から手が出るほど欲していた王妃の座が空位(くうい)となり、主人公にまたとない好機が訪れることとなる。
 しかし、王子の存在などを理由に、次期王妃として担ぎ上げられたのは麗妃の方であった。

 心優しい麗妃は、それでも自身がその座に就いては王太子の立場を揺るがしかねないと、当初は冊封を渋った。
 しかし、王自らによる懇切(こんせつ)な説得の末、王妃の座へ就くことを引き受けたのであった。

 それから二年の時が流れ、太子は九つ、王子は五つになった。
 異母兄弟ではあったが、それは仲睦まじく微笑ましい関係であった。

 ────その年、事件は起きた。
 ついに機が熟し、主人公は綿密(めんみつ)に画策していた(はかりごと)を実行に移すこととなる。
 王太子の行啓(ぎょうけい)に際し、主人公は彼に刺客を差し向けた。
 宮外にある竹林で一行は襲撃に遭い、追従(ついじゅう)していた護衛や女官、内官などはひとり残らず鏖殺(おうさつ)されてしまった。
 軒車に乗っていた王太子もその犠牲となった。その上、放置された遺体は野犬に食い荒らされ、跡形もない。

 そんな残酷で惨憺(さんたん)たる所業のすべてを、主人公は王妃となった麗妃の計略であると告発してみせたのである。
 自身の子である王子に玉座を継がせるにあたって、亡き嘉氏の子である王太子の存在が邪魔となった────そんな動機を用意し、合理的な筋書きのもとに着々と王妃を追い詰めた。
 
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