桜花彩麗伝
朝廷で覇権を握っていたとある重臣の手を借りると、形ばかりの調査期間が設けられ、ろくな証拠も見つからないうちに王妃の有罪が確定した。
これほどの重大事件において、一国の王妃に対するものとは思えないほど粗末な処遇である。
彼を筆頭にした朝廷百官の進言により、王は王妃への処罰を余儀なくされた。
その地位を剥奪された王妃は毒薬を下され、私利私欲のために道理に背いた残忍な重罪人として、汚名を背負ったまま語り継がれることとなる。
かくして、念願の好機を掴んだ主人公は晴れて王妃の座を得ることに成功した。
無知な幼い王子を生かしたのは温情などではなく、主人公と重臣の策略によるものである。
すべての世継ぎがいなくなれば、また新たに側室が迎えられる可能性があった。
子が望めない身体である主人公にとって、側室が懐妊することは立場が逆転しうる不都合な展開である。
寂しがりで怯懦な王子は、彼女らが操るに最適な存在と言えた。
彼が王になる頃には、主人公が王太后として権威を振るうこととなり、重臣もまた王を手懐け、傀儡として意のままに操ることができるであろう。
────かくして稀代の悪女と成り果てた主人公が、太后となってなお栄耀栄華を極めるというこの物語は、色々な意味で人々に衝撃を与えたのである。
「…………」
夢幻から小説の内容を聞き及んだ光祥は、尋常ならざる面持ちで口を噤んでいた。
放心しているようにも見えたが、きつく眉根に力が込もっており、理解しがたい現実に直面した不可解な表情とも取れた。
「……光祥? どうかしたのですか」
「ああ、いや……。これは、過去に王室で実際に起こった話だろ」
困惑を滲ませつつ、硬い声で言う。適当に誤魔化す余裕もなく、つい心のままに口をついた。
夢幻は少しばかり目を見張る。
「その通りです。……驚きました、まさかあなたがご存知とは。年齢からしてその当時は子どものはずですが、それも緻密な情報網のお陰ですか?」
「……まあ、そんなところかな。それより、これってどういうことだろう」
曖昧な笑みを浮かべてから腕を組むと、夢幻は同調するように頷いた。
「創作ではなく“告発”でしょう。当時の経緯を知る何者かが、太后・張玲茗の悪行を暴かんとしているようです」